行政のフリーペーパー、R18同人誌……刷れるものはなんでもこい! 印刷会社のリアルがわかる『刷ったもんだ!』がおもしろい
公開日:2021/5/9
「印刷物」と聞くと、本や雑誌を思い浮かべる人が多いはず。でも実際には、ポスターや紙袋、お菓子などさまざまなモノにプリントが施されています。それらの印刷を一手に引き受けているのが印刷会社。
『モーニング』で連載されている『刷ったもんだ!』(染谷みのる/講談社)は、そんな印刷会社の“すったもんだ!”な毎日を描くお仕事コメディ作品です。
主人公の真白悠が就職した虹原印刷は、一般商業印刷から同人関連、グッズや卒業アルバムまで幅広い印刷物を請け負う中小印刷会社。印刷物のデザインやデータ作成を担当する「企画デザイン課」に配属された真白は、生来のヤンキー気質が抜けず、なかなか会社に馴染めずにいました。そのせいか、仕事でわからないことがあっても周囲に助けを求められない状況に。
そんな真白の様子を見た先輩・黒瀬宏文は「不確かなことに行き当たったら早く訊いてください。効率が悪いだけなので、誰かが察してくれるのを待つだけなんて甘えですよ」とキツいひと言をお見舞いします。
黒瀬の言葉にカチンときた彼女は「次からは放っておいてくださって結構です。私は一人で十分できますから」と啖呵を切るのでした。
しかしその翌日、真白ひとりでは対応できないトラブルが発生。黒瀬をはじめとした企画デザイン課の人々に手伝ってもらい、彼女ははじめて「仕事仲間の大切さ」を知ります。自分ひとりでは何もできない情けなさと向き合い、仕事はひとりでするものではないと知る。今は当たり前のようにそう認識していますが、真白と同じように社会に出たばかりの頃は、なかなか気づけなかったかもしれません……。
『刷ったもんだ!』を読むと甘酸っぱい社会人1年目を追体験できますが、同作の魅力はなんといっても、印刷マンの大変さ。お仕事描写にあります。
講演会で配布される予定のリーフレットに誤字が見つかれば、刷り上がった1000部のリーフレットに「訂正シール」を1枚1枚貼る作業、卒業アルバムに掲載する空撮写真のドローン撮影、キャラクターグッズで人気の金属製のしおり「メタルブックマーカー」の細やかな作業など、印刷会社の仕事は多岐にわたります。
そして迫り来る怒涛の繁忙期。虹原印刷の繁忙期は夏に開催される同人誌即売会のコミックマーケット、通称「夏コミ」の直前なのですが、予想もしないトラブルが連発します。正規の締め切りをぶっちぎった依頼人が割増料金を払って、イベント直前にデータが入稿されてくる「極道入稿」の恐怖は、なかなかのものでした。
コミケ当日も気が抜けません。もしも現地で「局部の修正が足りない」とスタッフから指摘されれば、印刷会社の人も黒ペン片手にアレの修正を手伝ってくれるそうです。世の同人作家さんたちには心臓がギュッとなるエピソードかもしれません。でも、自分の作品に関わっている印刷会社の人の仕事が見えれば、なおさら作品に愛着が湧くはず。同人作家必見の書かもしれません。
かつて「西中の白虎」と呼ばれた真白悠を中心に、正確無比なクールガイ黒瀬宏文、同人活動のため定時退社に命をかける青井美千代……個性豊かなキャラクターたちが織りなすお仕事ドタバタコメディ。読み終わったあとには、印刷物をじっくり観察したくなる1冊です。
文=とみたまゆり