5年目を迎えた音楽活動、改めて伝えたいメッセージ――東山奈央『off』インタビュー③

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公開日:2021/5/12

東山奈央

 2020年、声優デビュー10周年を迎えた東山奈央。演技者として、あるいは音楽活動における仕事ぶりを知る人は、おそらくほとんどの人が同じ認識で彼女のことをとらえているだろう――東山奈央は、「働き者」である、と。実際、特に音楽活動の取材をさせてもらっていると、ライブを観る機会があるわけだが、1stライブの日本武道館の公演から、東山奈央のステージ上でのパフォーマンスには毎回心底驚かされている。自ら作詞・作曲もこなし、最高にカッコいいダンスを披露したり、元来音楽的な才能を備えた人だと思うが、彼女の音楽やライブが特別である理由、そして聴き手が東山奈央の表現を好きである理由は、才能に加えて圧倒的な努力により、表現の精度を高めて提示してくれるからだ。その点において、東山奈央は100%信頼するべき表現者であり、そのことを彼女が裏切ることは、この先も決してないだろう。

 そんな東山奈央の最新リリースにして、初のコンセプトミニアルバム『off』(5月12日発売)のテーマが「休みと癒し」というのは、だからこそ驚きのトピックである。リリース当日にお届けする3本立てインタビューの最終回では、本人による『off』の楽曲解説と、2017年にスタートし5年目を迎えた音楽活動の展望について語ってもらった。

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今回のコンセプトミニアルバムは、1曲1曲をすごく綿密に作っていきました

――M-2の“プロローグ”も歌詞が印象的だったんですけど、なぜかというとこの歌詞の主人公は「We」なんですよね。わたしとあなた、わたしと聴いている人、が歌詞の中で描かれている。だからこそ聴き手にとっても自分ごとになるだろうし、そこにも親密さが生まれるんじゃないかな、と思います。

東山:「親密」って、けっこう今回のキーワードかもですね。わたしは普段声優として、「画面の向こうにはみんながいる」ことを特に大切にしてるいることもありますし、スタッフさんも「どんなことをやりたい?」っていつも必ず訊いてくださるので、わたし自身の血も必ず通ったものになっているのだと思います。だから、遠くで鳴ってる感じがあまりしないのかも。

――聴いてる人と歌っている人が友達というわけではないけれども、精神的な距離はちゃんと近いところにある。そこが心地よさになっているし、東山さんの音楽全体の特徴かもしれないなって思いますね。今までの活動がすべて糧になってこのアルバムが生まれて、より近くに感じられるようになったのだとしたら。受け取った人たちも嬉しいと思います。

東山:わたしらしい音楽が出来ていたら嬉しいです。フルアルバムくらいの曲数があると、綿密に作り込むものもあれば、ざっくばらんなところにダイブしていくような楽曲の作り方をすることもあるんですけど。今回のコンセプトミニアルバムは6曲しかないから、1曲1曲をすごく綿密に作っていったんですよね。その作り方も、親密に聞こえる結果を生み出しているのかなって、今思いました。どちらの作り方がいい・悪いではなく、今回より近くに感じてもらえるような楽曲になっているのは、作り方も関係しているのかもしれません。

 あと、今回の作り方をフルアルバムでやったら、たぶん途中で力尽きちゃうスタッフさんが出てくると思います(笑)。ミニアルバムだからこそできた作り方でもあるんだと思います。

――親密さがあって癒される部分もありつつ、エキサイトする、ワクワクする側面もあるのがいいですよね。“シャンプーリンス”なんて、もはや「東山奈央の必殺技!」という感じの曲ですけど。

東山:ありがとうございます。あざといナンバーです(笑)。作詞作曲の川崎里実さんには、中川かのんちゃんの頃からお世話になっているんですけど。実は“シャンプーリンス”は4thシングルの“歩いていこう!”のコンペのときにいただいた曲なんです。で、そのときは入れられなかったんですけど、もうこの曲が大好きすぎて、絶対手放したくなかったので、川崎さんにお戻しできなかったんです。「今回は選べなかったんですけど、まだ戻さずに、こちらのお蔵に入れてよろしいですか」みたいな。

――こちらのお蔵(笑)。「あちらのお蔵」に戻すと、別の人の曲になっちゃう可能性もある、と。

東山:そうなんです。なのでちょっと、こちら側で入れさせてもらってたんですけど、今回「休みと癒し」がテーマで、「お風呂で癒される」でいける!となって、うちの秘蔵っ子を満を持してお蔵だしさせていただいて(笑)。なので、歌えてすごく嬉しかったです。

――これはもう、安心の東山印だなあ、と思いました。

東山:(笑)でも、この曲も難しかったんですよ! リズムにメリハリをつけて歌わないと、曲のよさが損なわれてしまうんですけど、実はわたしはそれがすごく苦手で。パキパキと、タテノリで歌う曲はキャラソンにも多いし慣れているんですけど、リズムの乗り方がワンランク上な曲でした。もうちょっとフレーズを感じる必要がある曲、というか。何回もテイクを重ねさせていただいて。最後は自分のものにすることができたんですけど、奥が深いなあって思いながらレコーディングした曲でした。

――なるほど、これは確かに、蔵に入れておくわけにはいかない曲ですね。

東山:いかないです。今まで、楽曲をストックさせていただくということ自体、なかったんですよね。初めてストックすることにした曲なんです。いつかは世の中に出せたらと思っていたし、やっと日の目を浴びて嬉しいです。あざといけど、胃もたれしないあざとさを目指しました。

――あざといんですか、これは。

東山:あざとくないですか?

――純粋にかわいいな、と思いましたけど(笑)。

東山:(笑)ほんとですか? わたし、レコーディングでも「この曲あざとい担当です」って言ってました。あざといというのはイヤな意味ではなくて、「あなたにかわいさを届けたい」ということだと思っていて。かわいく見られたい女の子って、かわいくないですか? 「わたしかわいいでしょう?」はノーサンキューになっちゃうと思うんですけど。

――押しつけるものではない、というか。

東山:そうですね。そのメンタリティはけっこう大事だと思っていて。たとえば、お芝居についても同じことで「どう? わたし、芝居うまいでしょ」っていう芝居ほど、あさましいものはないというか。この歌も、「わたし、かわいいでしょう?」ではなくて、「かわいく思われたいな」という一途さがあるといいなと思いました。

――確かに、それはすごくかわいいというか、そのマインドが曲に乗ったらよくなりますよね。

東山:はい、すごくキラキラすると思うんです。それに、独り善がりじゃなくてちゃんと相手が見えている状態の歌になるかなって思いました。

やっぱり、みんなといる時間が、心から楽しい

――音楽活動をスタートしたのが2017年の2月なので、今は5年目、ということになりますね。

東山:そうなんです、5年目に入りました。

――その間、とても濃い時間だったと思うんです。音楽活動もそうだし、声優としてもそうだし、何より東山さんは仕事をするのが好きだから、その間にいろんなことにチャレンジしてきただろうし。

東山:とっても濃かったです。たしかに自分がやらせていただいたことではあるんですけど、「こんなにたくさんのことを自分は作ってきたのか?」みたいな、走馬灯のようなところもありつつ(笑)。タイアップで歌わせていただけたり、武道館でライブをしたり、アジアツアーをやらせていただいたり、作詞や作曲をすることが歌手活動の中でも大切な軸になってきてたり、想像できないことが次々と起きました。そういった経験をさせていただいてきた中で、もう「自信がない」なんて卑屈なことは言わないですけど、でも常に「自分に務まるように頑張らなきゃ」とはずっと思ってきました。

 その中で、自分が「ここのハードルには届くかな、どうかな」って思うようなことを、スタッフの皆さんが「奈央ちゃんなら大丈夫だよ、できるよ」と信じて託してくださることが、すごくありがたかったです。わたしもそれに応えられるようにと願いながら、より使命感を持ってしっかり自分を持ちながらチャレンジすることができています。「こんなにいい人生を送らせていただいていいんだろうか?」って思います。生まれ変わってもこんなに素敵な人生を送るのはなかなか難しいのではないかなって思うくらい、充実してていて、感動にあふれていて、ありがたい5年間でした。

――受け取ってる人も同じように感じていると思いますし、そういう意味ではお互いに濃い時間を過ごしてきたんでしょうね、届ける側も、受け取る側も。

東山:声優としてのわたしは、「自分は裏方である」ということに矜持もあったんですよね。だけど歌手としてステージに立つと決めたときに、それはもう裏方とは言えないわけじゃないですか。自分が前に出ていくとして、それをどのくらいの方が喜んでくださるのか、歌手デビューしたときは不安も大きかったです。それは求められてないんじゃないかなって。でも、やってみないとわからないことも多かったので、恐々と、でも表現者として自分がやりたいことにチャレンジしてみたときに、月日が経てば経つほど、お客さんも喜んでくださるのを感じるようになりました。今は新しいリリースやライブを心待ちにしてくださる方の声もたくさん届いています。皆さんの存在を、この5年間で熱く強く感じるようになりました。

――音楽活動を始めるタイミングの不安だった自分に、今の東山さんが声をかけるとしたら、どんな言葉になりますか。

東山:何も言わないかもしれません。「大丈夫だよ」「もっと頑張れ」とか言わずに、常に自分が――たぶん昔も今もそうなんですけど――自分が当たり前にするべきことをやる、それを日々考えていて。まわりがこうだから自分もこのくらいでいいかな、ではなくて、「まわりの人はこう思うかもしれないけど、自分はこれが正しいと思う」ということを常に続けてきて、それはときに自分を苦しめることもあったんですけど、「それに負けちゃダメ」って頑張ってやってきたことが、今につながってると思うから。そのときの自分が信じる当たり前のことをひた向きに続けてほしいなって思います。だから、何も言わないかもしれないです。

――では最後に、5年目を迎えたこれまでの音楽活動で、たくさんのものをもらってきたし、受け取ってきたと思うんでけど、その中で一番大きなもの・大事なものってなんだと思いますか。

東山:タイミングによって全然違うことを言ってしまうかもしれないですけど、今の時点で思うのは、人と関わることが楽しくなりました。やっぱり、関わる方がグッと増えましたし、増えただけではなく、奥深く関わることが増えました。アニメ作品だと、「もっと一緒にやりたいことがあったのに、とりあえずひと区切り」ということが多いですけど、音楽活動では、チームの皆さんと楽しいことも大変なこともありつつ、同じところに向かって長く関わらせていただくことができます。いいものが作りたい、たくさんの方に喜んでもらいたいと考えながら、チームの皆さんと過ごす時間は楽しいなって思います。

 それと、超具体的な話なんですけど、ライブのときのステージが2段構えになっていることがあるじゃないですか。そういうとき、わたしは上の段にいるときより、下の段にいるときのほうが楽しいんです。客席との距離が近くなるので。やっぱり、みんなといる時間が、心から楽しいんだなあって思います。ライブにまつわることで何が楽しいかと聞かれたら、やっぱりライブをしている最中が一番楽しいし、みんなといるときが一番楽しい。「終わりたくない」って、いつまでも思っています。最初は人前に立つなんて向いていないって思いましたけど、今はもしかして誰よりも人前に立つことが向いているかもと思うくらい、わたしは人と関わるのが楽しく感じています。

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取材・文=清水大輔 撮影=小野啓
スタイリング=寄森久美子 ヘアメイク=田中裕子