声優・緒方恵美の初の自伝が大反響! 結婚と離婚、事務所でのセクハラ、自身の発病、出演作品秘話まで、波乱万丈な半生が明かされる
公開日:2021/5/14
『新世紀エヴァンゲリオン』主人公の碇シンジ役をはじめ、90年代アニメ界を席巻した2大作品『幽☆遊☆白書』『美少女戦士セーラームーン』、最近も『地縛少年花子くん』などで声優界の第一線を走り続けている緒方恵美さん。初となる自伝『再生(仮)』(KADOKAWA)が今、大きな反響を呼んでいる。
膨大な私の「トライ&エラー」。それを越えた先に拡がった世界の話。
帯の裏表紙側に引用されている「はじめに」の中のこの文章が表しているように、本書には、著者が辿ってきたさまざまなできごとが記されている。
その生い立ちから、芝居と音楽に夢中になった学生時代。腰の故障によってミュージカル俳優を断念し、24歳で声優を目指して養成所入り。大人気マンガ『幽☆遊☆白書』のアニメ化で主要キャラクター(蔵馬)に大抜擢されるという幸運なデビュー。続く『美少女戦士セーラームーンS』への参加、そして庵野秀明氏から自作の主人公を演じてほしいという申し出を直々に受ける――。
と、全6章あるうちの前半部にあたる1、2章は、ドラマツルギーにおける起承転結構成でいうところの“起承”にあたる。物語の主人公が手探りで自分の道を模索しながら成長していく部分である。
おもしろい物語というものは、おしなべて「転」以降の展開で読ませる。主人公に困難が降りかかれば降りかかるほど、読者は彼(彼女)に共感し、応援してしまう。
その点で本書は実に“転”に相当する第3章、「自分だけの道をゆく」以降、物語的なおもしろさが加速してゆく。
新人時代に経験した結婚と離婚、所属事務所でのセクハラとパワハラ。事務所を退所してフリーとなり、身ひとつで業界を生き凌ぐことの大変さを身をもって知っていく過程。レコード会社と契約するも、突然のアルバム制作の中断。そんななか実家の経済状況が悪化、加えて自身の発病……。
トラブルに次ぐトラブルに見舞われて、そのハラハラドキドキ感にページを繰る手が止まらない。それでいて、自伝に見られがちな暴露的な露悪さや、我褒めの匂いはない。
著者は自らの気持ちを率直に明かしつつ、同時にそんな自分を冷静に見つめるまなざしが、全編にわたって行き届いている。生真面目といえるほどの強い自己抑制と自己分析。そんな著者の人間性が行間からにじんできて、同様に、本書の制作・構成に関わったスタッフとの信頼関係も伝わってくる。
“結”にあたる第5、6章では、近年の声優業界が抱える構造的な問題点(新人育成の弱さ)と、コロナ禍でのアニメ・音楽業界の状況が語られる。私財を投じて若手育成の私塾「Team BareboAt」を開校するに至った経緯や、試行錯誤しながらライブ活動を再開し、自分にできること、自分がしなければいけないことを模索し行動する姿が綴られている。
巻頭には、臨場感あるライブの模様を収めた写真や、アフレコ時の情景、さらに子ども時代から学生期、ミュージカル専門学校在学中の舞台衣装をまとった姿などをまとめた16ページものカラーグラビアを収録。
「はじめに」に記されているとおり、この本にはたくさんの「トライ&エラー」を積み重ね、傷ついて、乗り越えてきた著者の歴史が刻まれている。著名人のサクセスストーリーでは、けっしてない。主人公がいろいろな経験をしながら成長していく姿を描いた、波乱万丈のビルドゥングスロマンを読み終えたような感触が心に残った。
文=皆川ちか