力士たちを乗せて全国をめぐる「相撲列車」 その知られざる実態を現役行司が書き下ろし!

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公開日:2021/5/15

大相撲と鉄道
『大相撲と鉄道』(木村銀治郎:著、能町みね子:イラスト/交通新聞社)

 緊急事態宣言下の2021年5月9日、大相撲五月場所が無観客で初日を迎えた。大相撲は年6回の本場所に加えて春夏秋冬4回の地方巡業と、年間を通じて全国をめぐっている。力士など総勢280人ほどが乗る列車は「相撲列車」と呼ばれ、各地の風物詩でもあり、相撲列車の到着を楽しみにしている好角家は多い。

 相撲列車の手配、車両割り、力士の座席指定といった実務的業務は、驚くべきことに、現役の行司が行っている。テレビの大相撲中継でも姿を見られる幕内格行司・木村銀治郎氏がその人で、相撲列車の実情や、大相撲と鉄道が交錯する雑学などを、自身初の著書『大相撲と鉄道』(木村銀治郎:著、能町みね子:イラスト/交通新聞社)に書き下ろした。

 銀治郎氏は、実は自他ともに認める鉄道ファンだ。行司の仕事は、土俵上のさばき以外にも番付表に「相撲字」を書くことや場内アナウンスなど多岐にわたり、力士の移動手段の確保にあたる「輸送係」も仕事のひとつ。銀治郎氏は輸送係に適任と言わざるを得ず、どのような手順で列車やきっぷを手配するか、体重200kgクラスの力士をどのように配席するか、大移動当日にどうふるまうのか。しきたりを重んじ番付が物を言うタテ社会の中、常人には困難でしかなさそうな業務に対する誇りや喜びが、文章から伝わってくる。銀治郎氏がきれいにファイリングした座席表や車両割り表も、資料というより個人のコレクションの一部というような趣である。

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著者の木村銀治郎氏

 今まで公開されてこなかった相撲列車の車内の様子も興味深い。完全貸切の団体臨時列車内で力士のほとんどはステテコ姿で過ごしていることや、横綱と大関が普通車に乗る場合は付け人がセットになっていること、力士は最後部座席を除いて座席をリクライニングしないことなど。リクライニングをしないのは暗黙のルールで、前の人に座席を倒されたらどれだけしんどいかを、力士は身をもって知っているからだとか。

 現役行司が著者ということで、有名力士の名前がちらほら出てくることも見逃せない。白鵬関から札幌駅発の団体臨時列車で「よかったら食べてください」と寿司やオードブルがたくさん入った折詰めをもらったこと、遠藤関と在来線に乗った際には観戦帰りの利用者が大騒ぎになったこと。入門して間もない琴欧洲関が三人掛けの真ん中B席に座らされたエピソードや、相撲愛好家・能町みね子氏による峰崎親方(銀治郎氏の師匠)へのインタビューコラムで明かされる、大らかだった昔の相撲列車の情景については、ぜひ本書で楽しんでほしい。

 コロナ禍にて、2020年2月の「ひかり115号」を最後に相撲列車は走っていない。相撲列車が、鬢付油の香りとともに、再び全国に季節の訪れを運んでくれる日が待ち遠しい。