へたうまなイラストや鋭いトークでファンを魅了! 「ミス iD」でグランプリを獲得した水野しずの才能とは!?

文芸・カルチャー

更新日:2021/6/14

きんげんだもの
『きんげんだもの』(水野しず/幻冬舎)

 講談社が主催する「ミス iD」というアイドル・オーディションをご存じだろうか。廃止の動きも出ているルックス重視のミスコンでは上位に選ばれないだろう、個性の強い女性たちが多数エントリーするオーディションで、過去に様々な才能を多数輩出している。ミスiD初期の定義文に「歌って踊れなくても、金髪でも、引きこもりでも、誰かの明日を元気にできれば、それはもう誰かのアイドル」とある通り、自分なりの得意分野やこだわりを持つ女性たちが賞を獲得している。

 そして、このオーディションの趣旨を全身で体現しているのが、2015年のグランプリを獲得した水野しずである。一見挙動不審だが事物の本質を鋭く射貫くトークも、湯村輝彦や蛭子能収の衣鉢を継ぐ「へたうま」なイラストや漫画も、良い意味で異物感の塊。クセがありすぎて目を離すことができない。

 ミスiDの最終選考では、太郎冠者のコスチュームで長尺の即興狂言を演じ、パフォーマーとしても唯一無二であることを見せつけた水野。従来のミスコンではスルーされそうな要素を多数持ち合わせている彼女が、「総合エンターテイメント施設」を自称しているのは納得がいく。

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 そんな水野の『きんげんだもの』(幻冬舎)は、書名からも明らかな通り、相田みつをのパロディ、いやパスティーシュと言ってもいい。得意のイラストに合わせて、味わいのある毛筆で彼女なりの格言や箴言を書きなぐっていく。そのスタイルは「みつを方式」を踏襲しているのだが、水野の紡ぐ言葉はみつを以上に毒が含まれ、含蓄に富む。以下、特に気になったものを引用してみる。

「オシャレ」で検索する行為がオシャレではない
ようかんってどこから食べても同じ味がするね
我慢できるかどうかを考えている場合それはもう限界
合同コンパの「合同」は場の総意ではないから気をつけろ
わざわざ「負けず劣らず」と言われている場合、実質「負け」だからね

 そして、これらの言葉の間に5ページ程度のコラムが挿まれるのだが、これがまた深い洞察と思索に満ちており、べらぼうに面白い。稠密で硬質な文体の妙もさることながら、大胆な詩的飛躍が痛快で、読み手の脳みそをくすぐるかのよう。例えば、「犬派? 猫派?」という「カジュアルな世間話」について、「上下関係がはっきり見られる社会への適応性があるのか、それとも気ままでマイペースなタイプであるのかという適当極まりない分類による人格への問いかけが含まれている」と喝破する。

 筆者がこれらのコラムから連想したのは、批評家・小林秀雄の『考えるヒント』である。重厚な評論に定評があった小林のこのコラム集は比較的短い文章から成る。ただ、短いから読みやすいというわけでは全くなく、むしろ長文の評論よりも一文一文の濃度や密度は高い。そこが水野のコラムと通じるところだ。

 元々マルチすぎる才能で周囲を楽しませてきた水野だが、本書もまた多面的で重層的な個性を持つ水野のいち断面にすぎない。本書を読んで、ますます水野のことが分からなくなった、という読者もいるだろう。イラストレーターとして紹介されることも多い水野だが、鋭い言語感覚を打ち出してみせた本書で、また新たなフェイズに踏み込んだ印象だ。

「自分を限定して同じフォーマットを繰り返すことが苦手なんです」と語っていた水野の、まとまりのなさとつかみどころのなさは本書で十全に発揮されている。イロモノやキワモノの一歩手前でアーティストとして踏みとどまり、アングラとポップを自在に往還するような彼女の表現は、いつだって新たな刺激を与えてくれる。

文=土佐有明