ダ・ヴィンチニュース編集部 ひとり1冊! 今月の推し本【5月編】
更新日:2021/5/21
ダ・ヴィンチニュース編集部メンバーが、“イマ”読んでほしい本を月にひとり1冊おすすめする新企画「今月の推し本」。
良本をみなさんと分かち合いたい! という、熱量の高いブックレビューをお届けします。
シングルでも結婚でもない、女ふたり暮らし『女ふたり、暮らしています。』(キム・ハナ、ファン・ソヌ:著、清水知佐子:翻訳/CCCメディアハウス)
29〜31歳の3年間、学生時代の友人とルームシェアをしていた。洗濯物の干し方の違いや帰宅後の生活音、男性に対する価値観の違い(ちなみに男子禁制がルールだった)がもととなり、ネタになるような喧嘩は何度もあったが、だんだん中和していくというか衝突は減り結果的に円満解散。楽しかった思い出の方がはるかに多い。友人の域を超え、ほぼ家族のような特別な存在であることは未だに変わらない。「親しき中にも礼儀あり」とはよく言うが、その言葉を再度胸に強く刻んだのもその頃だ(笑)。
『女ふたり、暮らしています。』は、ソウルに住む女性ふたり(+4匹の猫)の同居生活を綴ったエッセイだ。本作に登場する元コピーライターのキム・ハナと元ファッションエディターのファン・ソヌは相似点により引き寄せられ、相違点によりお互いを補完し合っている関係だ。結婚しない自分の心に折り合いをつけたり、人生100年時代のキャリアに不安になったり、その日の気分で一杯ひっかけて帰ったり、国が違っても悩みや話題は同じで共感の連続だったし、何より2人が尊敬し合っていて優しい関係なのがいい。あらゆる形態の家族が許容され世界は多彩であるべきというメッセージもあるが、似たような価値観をもって、何かあれば帳尻を合わせるのがよい(と私は思っている)夫婦2人暮らしとも違って、「女友だち」はやっぱり掛けがえのない存在で最高と思った。読後、女ふたり暮らしといえば……と再び『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』を開いた。
中川 寛子●副編集長。緊急事態宣言前に行った茨大生が通う日立市の「麺ハウス」(ラーメンはなんと200円)が、先日地上波に初登場しテンションがあがる(SUSURUさん連載担当)。下北沢が舞台の映画『街の上で』が素晴らしく良かった。
ママは眠れなくて当たり前……じゃない! 睡眠不足ヘトヘト地獄から救うメッセージ『子育てで眠れないあなたに 夜泣きドクターと睡眠専門ドクターが教える細切れ睡眠対策』(伊田瞳、森田麻里子:著、さざなみ:イラスト/KADOKAWA)
子育て中のお母さんのほとんどが、夜泣きや寝かしつけで悩んできたのではないだろうか。私も子どもを産み、「眠れない」とは聞いていたけれどまさかここまでとは想像していなかった。睡眠不足が続くと、体力的にも精神的にもキツくなってくる。あんなに小さくて軽いと思っていた赤ちゃんがずっしり重たく感じ、かわいいと感じていた我が子の泣き顔を見る度辛い気持ちになっていった――。
細切れ睡眠のまま何とかなる方法は、存在しません!
細切れ睡眠を解決する方法は、「夜間にまとまった(6時間以上の)睡眠を取れるようにすること」、ただ、それだけです。
本書冒頭、著者の伊田瞳先生の言葉に驚いた。赤ちゃんは数時間おきに起きるものだし、授乳もあるし、何とかするしかないんじゃないの!? そんなに睡眠時間を取れるわけがない……。心のなかで突っ込みつつ読み進めていくと、周囲の人がお母さんに代わって赤ちゃんのお世話をすることで、夜まとまった時間を確保してほしいという。また、お母さんにも子育てで眠れないのは当たり前だと思わないでほしいし、ひとりでなんとかする問題ではない、「助けて!」と伝えていいのだという。その上で少しでもお母さんの睡眠を向上させるため、赤ちゃんの生活リズムを整える工夫、眠りやすい空間の作り方、生活スタイルに合わせたネンネトレーニングの方法などが、実践的に分かりやすく紹介されている。
赤ちゃんとお母さんの睡眠をサポートするノウハウだけではなく「夜の赤ちゃんへの対応は、夜間救急外来と一緒。必要最低限でいい」といった、疲れ切ったお母さんたちの気持ちを優しく包むようなメッセージが随所に。本書は、睡眠不足でヘトヘトのお母さんたちを救ってくれるだろう。
丸川 美喜●育児やホラーなどの連載を担当。2歳児を子育て中。今月は、そろそろトイトレをはじめようと、おしっこやウンチをテーマにした絵本を大量に購入しました。
ポンコツコンビの友情にほっこりする、ちょっと懐かしい物語『ロボット・イン・ザ・ガーデン』(著:デボラ・インストール、訳:松原葉子/小学館)
劇団四季で舞台化されたことを目にして、しかも「英国版ドラえもん」と謳われていたため、ロボット&ドラえもん好きとして気になり手に取った。
AIが発達し人間の代わりに家事や車の運転をするアンドロイドが当たり前の近未来。イギリスの田舎で亡くなった両親の財産を食いつぶしながら暮らす中年男のベンは、ある日、自宅の庭でロボットのタングと出会う。身長は130cmほど、金属製の箱が2つ重なったレトロな見た目のタングはまるで子どもの工作作品。タングが壊れていることを知ったベンは直してあげようと決意。タングの体に刻まれた製造会社らしき文字だけを頼りに、半ば引きこもりの生活から一念発起してタングと共に旅に出る。アメリカ、日本、パラオと地球を半周する道中、さまざまな経験を通して学習していくタングと、そんなタングとのやり取りでベンが一人前の大人へと成長していく、そんな1人と1台の物語だ。
幼児くらいの知能(電脳?)を持ち、駄々をこねる、もじもじする、癇癪を起こすなど、人間の子どものようなタングの仕草や行動の可愛いさに癒され、そんなタングに対して優しく根気よく接するベン。そのやり取りはまるで親子のようで、さまざまなトラブルが起こるものの、このコンビには終始ほっこりさせられた。
最近はAIの進化により私たちの生活が便利になっていく反面、人から仕事を奪う・知能が人間を超えるといった話もよく聞くようになった。私たちが昔からAIやロボットへ抱いてきた夢は、かけがえのない友となる存在だ。タングは10万馬力のパワーも四次元に通じたポケットも持っていないけど、そんなの子どものころに見ていた夢を思い起させる、どこか懐かしい感覚を与えてくれた。
坂西 宣輝●これまでちゃぶ台と座布団でテレワークをしていたものの、もともと悪い姿勢がより悪化してきたのでついに机と椅子を購入。快適だけど、これまでどこにあったのか分からないほど、机に物が置かれる不思議体験をしています。
ギャンブル小説の原点にしてレジェンド。やっぱり超面白い!『麻雀放浪記』(阿佐田哲也/KADOKAWA)
ちょっとしたきっかけがあって、最近、麻雀を勉強している。自粛生活の状況下、対人ではやりづらい状況なので、教則本とゲームで地道にルールと役を覚えている。3枚の牌を組み合わせたメンツを4つと、同じ牌を2枚揃えた雀頭を1セット揃えればあがり。役の幅広さと、相手の手を読みつついかに良い手で早くあがるかという戦略性が奥深く、根っからのオタク根性が相まって、すっかりハマってしまった。
そんななか、読み始めたのが阿佐田哲也の『麻雀放浪記』である。エッセイや色川武大名義での著作は学生時代に何冊か読んでいたけれど、一番の代表作といえる本作は麻雀のルールを知らないという理由で手を出していなかった。読みはじめて、なんでもっと早く読まなかったのだと後悔した。とにかく面白い!
戦後間もないドヤ街を舞台に、「坊や哲」が麻雀博打の世界に飲み込まれていくさまが描かれていくのだが、アクの強いライバルとの駆け引きや、ここで負けたら終わるというギャンブルの高揚感など、麻雀小説という前にエンタメ小説として面白いし、ストーリーテリングが非常に巧妙で、狭い雀卓の中の出来事なのに、アクション映画ばりの迫力がある。シリーズの中でも特に好きなのは、2作目の「風雲編」。麻雀地獄の極みとも言える限界状況から始まる冒頭が秀逸で魅せられるので、ぜひ体験してほしい。なお、本作で紹介される麻雀のテクニックの多くは手品にも似たイカサマのため、残念ながら僕が簡単に真似できる代物ではなかった。
今川 和広 ●ダ・ヴィンチニュース、雑誌ダ・ヴィンチの広告営業。僕も運営に関わっている「次にくるマンガ大賞
(https://tsugimanga.jp/)
」が今年も始まりました。作品エントリーから大賞決定まで、すべてユーザー投票によって決まるマンガ賞。全国のマンガ読みの皆さんの参加をお待ちしております!
1画面に詰め込まれた膨大な情報の海に溺れる不思議体験『池田学 the Pen』(池田 学/青幻舎)
池田学さんの絵を最初に見たのは、2012年10月号の『美術手帖』の表紙だった。「超絶技巧」を特集した同号の中で、緻密描写がふんだんに織り込まれたその作品たちは、A5サイズの本なのにあまりに情報量が多くてめまいがしそうになった。見れば見るほど気づきがあり、何かが滲みだしてきて絵の印象が変わっていく。目が開かれていくような不思議な感覚だった。
そんな氏の作品の緻密さを堪能できる同書。2017年の同名の展覧会に際して発行されたもので、サイズも約30センチ×30センチと大きく、見開き60センチで見る氏の作品は、息をつめてしまうほどの迫力で緊張感すら漂う。予言的だとして話題になった『予兆』や巨大作品の『誕生』などが収録されているが、個人的には『興亡史』が好きでずっと眺めてしまう。
自分の目で全体を見て、そこからスワイプするように一部分ずつに意識を寄せていくと、その場に居る、在るモノたちのストーリーが流れ出す。ミクロとマクロを行き来しながら、全体に漂うメッセージを肌で感じていく。嬉しいことに著者自身が切り取ったという“部分拡大”が多数掲載されており、スワイプ作業がはかどるはかどる。
1ページを読むのにかける時間は、過去この本が最長かもしれない。そして見開き1つだけで、何冊もの優れたSF作品を読んだような充足感で満たされるのだ。
遠藤 摩利江●過日に舞台「『刀剣乱舞』无伝 夕紅の士 -大坂夏の陣-」に行ってきましたが、いろいろと情緒を殴られすぎてもう既に次の舞台が見たくてはちきれんばかり。また、『魔道祖師』の日本語版小説の発売を今か今かと待っています。海外のシリーズ作品を追いかけるのはプリズン・ブレイク以来……?
自分の奥底が暴かれるような衝撃の1冊『正欲』(朝井リョウ/新潮社)
読み終わって、感激とため息と深呼吸が止まらなかった。自分のもっとも素の部分を覗きこまれ暴かれたような、それでいて決して不快ではなくむしろ快感すら覚える作品だった。
本書で登場人物が発する「多様性礼賛」への違和感や、「マイノリティ」を題材としたフィクションへの視点、男女の恋愛・性愛を前提とした「正しい命の循環」という言葉……。ああそうだ。「多様性」を主張する時、“自分の正しさ”しか見えていなかったのではないだろうか。フィクションにふれて、何かをさとった気になっていなかっただろうか。「正しい命の循環」に加われない自分を、心から肯定できていなかったのではないか。
他者との違いは否定せず尊重することが大切だと思う。一方で貧しさや誰にも言えないコンプレックス、性的嗜好などは、“ありのままの自分”として明らかにしたいことばかりでもない。本書のある人物が、つねに「自分を気持ち悪い」と思う姿が、私には他人事とは思えなかった。
そして、違いは恐怖心を招くことだってある。「あってはならない感情なんて、この世にないんだから」――登場人物の言葉にハッとする。褒められた感情ばかりをもって生きているわけではない私でも、持っていい感情と持ってはいけない感情を無意識に選別し、自分を責め、鬱屈した感情をもてあましていた。誰かの感情を否定することなんて、ほかの誰にもできないのに……。
自分にとって、すでに今年最高の1冊になる予感がする。
宗田 昌子●先日行われた体操のNHK杯。東京五輪開催の賛否が飛び交うなか、モチベーションを切らさずに代表入りをかけてたたかう選手たちに感銘を受けまくった。「とにかく自分の演技だけに集中していた」という萱選手の言葉に、仕事に向き合う姿勢も教えられた気がする。
この「小さな世界」は、きっと多くの読み手を引き寄せる。『スモールワールズ』(一穂ミチ/講談社)
ダ・ヴィンチニュースに関わっていて最も嬉しい瞬間は、「ぜひ知ってほしい! 読んでほしい!」と感じる本や作家さんとめぐりあい、その素晴らしさを伝えるための機会が得られること。自分はたぶん、2021年に入ってから、もうこればっかり言っている気がする。「一穂ミチさんが、とにかく素晴らしい」と。
『スモールワールズ』は、6つの物語から成る連作短編集だ。読みながら一貫して感じたのは、「この書き手の考え方・感じ方は、心の底から信頼できる」ということ。個人的に、かつて体験したことがない感覚だった。好きか、そうでないか。面白いか、そうでないか。本に限らず、カルチャーやエンタメに触れたときに、受け手の中で浮上する二択。『スモールワールズ』は、一穂さんによる物語は、そんな二択を軽く超えて、「信頼できる」。友達でも知り合いでもないし、書かれているのはフィクションなのに、紡ぐ文章が、そう感じさせてくれる。この人が描く人間を、もっと読みたい。この人が見た世界を、もっと知りたい。その世界をもっと体験したいし、没入してみたい。
ちなみに、ダ・ヴィンチニュースでのインタビューで、一穂さんはこう語っていた。
私は誰かをジャッジできるような人間ではないし、誰かに注文をつけられたくもありませんから。私にとって小説や物語とは、正解や白黒が書かれたものではなく、その物語の中で生きている人間の、ひとつの選択を示すもの――
やっぱり、信頼しかないのである。
清水 大輔●編集長。自宅から徒歩圏内でおいしい蕎麦屋とうどん屋を続々開拓し、嬉しかった1ヶ月(お酒はグッと我慢)。『スモールワールズ』は、ダ・ヴィンチニュースでガッツリ特集させてもらってます。
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