15年描き続けてきた、大切な作品への想いを訊く――『夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者』原作・緑川ゆきインタビュー
公開日:2021/6/3
「小さい頃から時々変なものを見た。他の人には見えないらしいそれらは、おそらく妖怪といわれるものの類」――妖怪が見える少年・夏目貴志が、妖怪の名前を記した友人帳を受け継いだことから始まる、人と妖(あやかし)の心温まる交流の物語『夏目友人帳』。2003年から『LaLa DX』(白泉社)で読み切りシリーズとして連載を開始。現在は『LaLa』で連載中。コミックスは26巻を数え、累計発行部数1500万部を超える人気作品となっている。
このたびアニメ『夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者』のBlu-ray&DVD発売にあたり、原作者である緑川ゆき先生に書面でのインタビューを実施した。15年以上にわたり本作を描き続けている彼女は、いまどんな想いを抱いているのだろうか。現在も連載中の原作マンガとアニメ版の関係性や、夏目貴志役の神谷浩史&ニャンコ先生・斑役の井上和彦両氏との思い出などを披露してもらった。
アニメの『夏目』世界をもっと観ていたいなと、じーんとなりました
――2021年1月にアニメ『夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者』が劇場限定上映されました。ご覧になった感想をお聞かせください。
緑川:大変な時期だったにもかかわらず、とても美しく怪しく優しく作っていただき感激でした。原作を丁寧に読み解いてくださりつつ、アニメならではの表現や音や間で、あっという間に妖怪の住む世界へ吸い込まれてしまうような。日常と非日常が自然に隣り合っているアニメの『夏目』世界をもっと観ていたいなと、じーんとなりました。
――今回アニメ化された「石起こし」は原作コミックス21巻、「怪しき来訪者」は原作コミックス24巻に収録されています。このエピソードを執筆したときの思い出をお聞かせください。
緑川:「石起こし」は勘が悪い頃に描いたもので、単行本から抜いてもらおうか悩んだ話の一つでもありました。キャラが沢山出ているし対立という構図もいつもと違う物が出来るのでは、と期待を込めて描いたのですが、筋を追い破綻しないようバランスをとることに必死になって、もっと楽しく出来たはずなのにキャラ達はただ出ていただけで終わったのではと、とても不安でした。けれどアニメで素敵な声で話したり、みな生き生きと動き回る姿を観させて頂き、感激で、ミツミが目を潤ませた時私も一緒にダバァっと泣いてしまいました。
「怪しき来訪者」は水脈の関係で古寺と三篠は縁があるというのは初期からやりたかったので、嬉しかったです。ただ、淡く憧れていたものが掴めるかもしれないと思ったのにすり抜けていってしまう話なので、読む方を萎えさせてしまう可能性もあって、どうカタルシスを置けるか慎重に取り組んだ思い出が。アニメだと水や影の刺し方や間がとてもミステリアスで、ずっとワクワク観させていただきました。
『夏目』はいろんな方に育てていただいた作品
――『夏目友人帳』はアニメシリーズがはじまって13年目になります。(※これまでに81話を制作)。ドラマCD のキャスティングから13年以上、神谷浩史さんが夏目貴志役を、井上和彦さんがニャンコ先生役を務めていらっしゃいます。緑川先生にとってアニメ化したことで変わったもの、そして原作『夏目友人帳』の連載に影響を与えたことがあればお聞かせください。
緑川:初めてのアフレコが嬉しくて、色々お伝えしたいと考えて行ったのですが、現場に着くと緊張で何も言えず、全てお任せで録って頂きました。支えてきてくださった読者さんのイメージを壊す事が怖かったのですが、神谷さんや井上さんが声を吹き込んでくださり、台詞ではなく言葉になっていく様で、漫画とは違うもう一つの物語の形になるんだと感動しました。アニメの夏目も(ニャンコ)先生もお2人以外には考えられないくらい、キャラや世界観をお2人が声を使って築き上げてくださいました。『夏目』は少女漫画特有のセンシティブも武器の1つだと思っているのですが、折角素敵なアニメにして頂いても異性の方には受けとってもらい難いのでは、と心配でもありました。けれど大森監督や脚本家様方が相応しい形へ整えてくださり、神谷さんが内向的で少し硬い夏目の印象を親しめるものに、井上さんが横暴な先生を可愛いさだけではない奥深いものに演じてくださったから、男性の方にも愛着を持っていただけるようになったのではと感じています。
――夏目とニャンコ先生を描いていて、楽しいところ、難しいところはどんなところでしょうか。
緑川:夏目は、多少神秘的でいてもらいたいのに主人公なので心が透け過ぎそうになるのが難しいです。何をするか何を考えているかは読者さんに伝わっても良いのですが、「どう思っているのか」を知られたくない面も沢山あって、気付かれないよう選ぶのが楽しくもあり難しいです。反対に先生は「何」を考えているかより、ここで「何か考えている」が伝われば良くて。両者がかけ合いすることで重くせず済んでいる所もあって、全てを肯定したくない、けれど否定的な言葉を書いては引っかかる方も多いはず、という様な台詞も妖怪の先生と人の夏目が言い合うことで両サイド出せるのも楽しい面だと思います。
――『夏目友人帳』は緑川先生にとって15年以上続く作品となります。これまで『夏目友人帳』をお描きになってきて、作品としてどんな変化を感じていますか。同時に、描き続けてきて変わらないことをお聞かせください。
緑川:夏目の心が強くなった事です。初期は不安定さによる特有の儚い何かがあった気がします。けれど今の夏目にぶつけても描きたかった反応は返ってこず、やれなくなった話も出てきました。15年前は当時の担当様とまだガザガザしたものを描いておきたいという意気込みもあり、もっとシビアな方向で考えていたのですが、鮮やかなアニメを作っていただき、キャラ達を優しく見守ってくださる読者様が増えた事で、『夏目』はいろんな方に育てていただいたんだなと実感しまして、妙な拘りで世界感を押し付けてはいけないと考える様に。芯にあるものは変えずに、予定よりも成長を続けさせていただけている物語に相応しい流れで描いていきたいです。
――今後の『夏目友人帳』の構想や、執筆するうえで楽しみにしていることがあればお聞かせください。
緑川:今いるキャラクター達をそろそろじっくり描きたいと思っていて、現担当様がそれに付き合ってくださりワクワクしております。長く手にとってくださってきた読者様にも楽しんでいただけるようこれからも頑張っていきたいです。ありがとうございました。
『夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者』Blu-ray&DVD公式サイト
取材・文=志田英邦
緑川ゆき(みどりかわ・ゆき)
マンガ家。1998年「花泥棒」が第74回LMSララまんが家スカウトコースベストルーキー賞を受賞。「あかく咲く声」を連載する。2005年より『夏目友人帳』を連載。累計発行部数1500万部を突破したベストセラー作品となった。『蛍火の杜へ』もアニメ化している。