自分の言葉を取り戻したい──切実な思いが、わたしを変える《寺地はるなインタビュー》

小説・エッセイ

公開日:2021/6/14

寺地はるなさん

 声に出すことなく、飲み込んでしまう言葉がある。おかしいと思っても、周囲を気にして声を上げられない。立場上、「こんなことは言えない」と自重する。小学4年生の息子を持つ坂口希和も、日々言葉を飲み込み続けている女性だ。今では、“声の在りか”すらわからなくなっている。

(取材・文=野本由起 撮影=下林彩子)

「数年前から“自分の機嫌は自分で取る”“上機嫌でいることは大人のマナー”と言われるようになりましたよね。確かにそれはよいことですが、他人から押し付けられると抑圧のようにも感じられます。“嫌だな”とか“私はこう思う”と意見を表明することが、不機嫌であるかのように取られるのは息苦しいこと。それに、自分以外に大事な人がいると余計にものを言いづらくなるような気もしていたんです。私にも子どもがいますが、自分の発言によって子どもの立場に影響があったらどうしようと、わが子を人質に取られているような感覚があって。そうやって言葉を飲み込んできた人の意識が、変化していくさまを描きたいと思いました」

 執筆中、新型コロナウイルス感染症が広まったことも、作品のトーンに影響を及ぼしている。

「“自粛生活を楽しもう”という呼びかけを目にするたびに、しんどくて。耐えるだけでやっとなのに、そのうえ楽しまなあかんのか、と。また、去年の3月2日から一斉休校になり、そのまま春休みを迎えたのも大きかったですね。十分な説明もないまま、いきなり学校生活が断ち切られる理不尽さを経験し、これも小説に残さねばと思いました」

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誰もが被害者にも加害者にもなり得る

 第一章での希和は、自分の言葉をすっかり失っている。母親からは「誰もあんたに期待してない」と言われ、夫は何事にも無関心。生まれ育った土地で暮らしていることも、喉をふさぐような息苦しさの一因だ。

「希和は、言葉を発する前にいちいち悩むタイプ。初対面の相手と話したら、その晩『あんなことを言ってしまった……』と眠れなくなるような人です(笑)。それに、ずっと同じ土地で育つと、周囲の人たちが自分の過去をよく知っているという不自由さがあると感じていて。頑張って自分を変えても、“あの頃はこうだったよね”と言われると過去に引き戻されてしまいます。田舎に限らず、人の移動が少ない閉鎖的な土地なら起き得ることだと思います」

 そんな中、希和が暮らす街に民間学童「アフタースクール鐘」ができる。運営するのは、代々続く町医者の次男坊、鐘音要。家業を継がない“不肖の息子”が新しい商売を始めたとあって、町の人々は好奇のまなざしを向けている。

「自治体が運営する学童保育ではない、民間学童に興味があったんです。うちの子が利用する公立の学童保育は小学校の中にあるので、通っているのは同じ学校の子ばかり。一方、民間学童はいろいろな学校の子が集まってくるのが面白いですし、家や学校以外に子どもが安全に過ごせる場所があるのはいいなと思って。執筆にあたって、取材にも行きました」

 ある日、希和は「アフタースクール鐘」の庭で、息子の晴基が書いたと思しきメッセージを目にする。「こんなところにいたくない」︱その言葉の意味とは。そもそも晴基は、なぜ民間学童に勝手に出入りしているのか。息子に真意を問いただすことができない希和は、「アフタースクール鐘」で働き始めることにする。要がつぶやいた「あなたにもここが必要みたいだから」という言葉も、希和の胸にひっかかっていた。

「要はほとんど感情をあらわにせず、終始穏やかな人物です。でも、本当はずっと怒っているんですね。幼い頃、姉がある事件に見舞われてから、いろんなことに怒り続けている。怒らないのは別によいことではないと言いたくて。しがらみから解き放たれた自由な存在として要を描きましたが、彼の影響で希和がどんどん変わっていくのもつまらないので、前に出すぎないようにしました」

 作中では、民間学童で出会う子どもたちの姿も描かれていく。両親が離婚し、居場所を失ったゆきのちゃん。小さな失敗をしただけでひどく怯える美亜ちゃん。もちろん、希和の息子・晴基のことも。

「10歳くらいの子どもって、いろんなことを考えています。ある意味、大人以上に傷つく機会が多いのかなと。ただ、事情を抱えた子どもたちを“かわいそうな子”とは描きたくなくて。虐待が疑われる親子も登場しますが、それはきっとどの家庭にも起こり得ること。希和も、周囲から抑圧されているという意味では被害者ですが、自分が加害者側になることをずっと恐れています。家庭内や保護者間の問題を描くと、“狭い世界の話だね”“女同士って怖いね”と片づけられがちですが、それが一番嫌で。この小説で描いているのは、子どもや女性のように社会的に弱くて被害者の立場になりやすい人たちの問題、そしてそういう人もまたいつでも加害者になり得るということ。大人も子どもも、傷つける側にも傷つけられる側にもなり得るというバランスについてずっと描いています」

自分の物差しがなければ意見を持つこともできない

「アフタースクール鐘」で働き始めた希和は、徐々に“声”を発するようになる。最初のうちは受け売りの言葉を述べたり、保護者のグループLINEに中途半端な投稿をしたりするばかりだが、なだらかながらも確かな成長を遂げていく。中でも、大きな変化を感じるのが、夫とその部下たちと会話するシーンだ。夫から「ニュースぐらい見ろよ」と言われた希和は、こう言い返す。「世界に関心持てっていうけど、あなたの『世界』はテレビの中にあるの? 目の前のわたしたちとの生活だってあなたの世界じゃないの?」と。

「私も仕事関係の人から同じことを言われたことがあったので、このシーンは絶対書きたいと思っていました。希和の夫が朝からニュースを見ていられるのは、希和が家事をしてくれているから。人任せにしているから、夫は日常の雑事を“小さいこと”として適当に扱えるんですよね。当事者にとっては大きな問題を、他人が些末なことのように片づけるのはどうかと思います。でも、このシーンでも希和は言いたいことがありすぎて、うまく言えずに終わるんです。怒ることにも練習が必要。感情を抑え続けていると、怒りの反射神経が鈍くなり、大きな問題が起きてもどう言えばいいかわからなくなります。自分にとって重要な事柄で、怒るべきタイミングに怒れないのは怖いことですよね」

 声を発するために必要なのは、自分の考えを持つこと。約1年かけ、希和は手探りで自分という存在を再形成していく。

「自分の意見が定まっていなければ、声を上げることはできません。そして、自分の判断基準となる物差しがなければ、意見を持つことはできません。当初、希和の判断基準は他人や世間の側にありました。だから、自分がどう見られているかばかり気にしていたんですよね。それが、不完全ながらも自分の意見を少しは言えるかなというところまで来ました。また、当初は女王のように振る舞う“あっち側”の保護者グループにまぶしさを感じていましたが、1年後には“あっち側”と“こっち側”を隔てる境界なんてくだらないとも気づきます。価値観そのものが大きく変わったからこそ、孤立を厭わず、むしろ自由だと感じるようになったのだと思います。その変化を書けたのは、うれしいこと。きっとこの物語が終わったあとも、希和は小さな練習を繰り返しながら自分の声を発するようになっていくのだと思います」

 

寺地はるな
てらち・はるな●1977年、佐賀県生まれ。大阪府在住。2014年、『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。『大人は泣かないと思っていた』『夜が暗いとはかぎらない』『わたしの良い子』『希望のゆくえ』『水を縫う』など著書多数。6月には『雨夜の星たち』を刊行予定。