いまだ「親の支配」から逃れられない…「育ちの傷」を乗り越えるための実践的な“脱出”マニュアル
更新日:2021/6/1
このところ「毒親」という言葉をよく耳にする。毒親とは子どもの心身を傷つけ、健全な成長を阻害する親をさすということだが、よく耳にするということは、それだけそうした親に苦しめられた人が多いということなのだろう。
『親の支配 脱出マニュアル 心を傷つける家族から自由になるための本』(藤木美奈子/講談社)によれば、毒親のタイプにはいろいろあるが、いずれも「子どもの気持ちを大切にしない親」であり、そうした親に育てられた子どもには「自分の存在価値を認めてもらえなかった」という原体験から自己無力感が生まれ、不安や生きづらさといった後遺症を持つというのだ。
本書はそうしたトラウマを「育ちの傷」と呼び、それらをいかに克服するかを精神的にも物理的にも根本から改善する方法を伝える貴重な1冊だ。
著者は「育ちの傷」や発達障害などの生きづらさを抱えた人に自立訓練の場を提供する一般社団法人「WANA関西」(大阪市)の代表理事をつとめる藤木美奈子先生。自らも親から受けた「育ちの傷」に長く苦しめられた過去を持ち、日々親身に相談者と向き合っているという。
「育ちの傷」から立ち直るためには、毒親に損なわれた「自尊感情」、すなわち「自分を大切に思う気持ち」を取り戻すことが欠かせない。そのため本書が詳しく紹介するのは自尊感情をとりもどすセルフケア方法だ。「SEP(Self-Esteem Program)」と名付けられたこの方法で、実は著者自身も回復し、同じく多くのクライアントも立ち直ったという。現在WANA関西でも継続的に実施しているというが、なにより「今から一人でも始められる」という点に注目だ。
詳細は本に譲るが、いままさに「育ちの傷」で苦しんでいる当事者には大いに参考になることだけは間違いないだろう。さらに支援機関の選び方や使い方、精神科医との付き合い方、自立の仕方など、より実践的に踏み込んだ内容が紹介されているのも心強いはずだ。
辛くて仕方なくても、それでも他人に頼ったり、人に手間をかけさせたりすることに強い苦手意識や罪悪感を抱いてしまいがちな「育ちの傷」を持った人たち。その結果、「自分の力で何とかしないと」「解決なんて無理」と思い込んで身動きがとれなくなっていることも少なくないという。
だが、そうした先入観で行動をやめてしまっては何も変わらない。たとえば本書では思い切って相談することが糸口につながるとした上で、「どういった支援組織があるか」を紹介し、より適切な機関とつながることを後押しする。「精神的な不安を抱えている」ならば各地の「精神保健福祉センター」を、「生き方について相談したい」なら各地の「男女共同参画センター」を、「家庭内の暴力やハラスメントをなんとかしたい」なら各地の「配偶者暴力相談支援センター」を…。
上記はいずれも公的機関だが、「何をどこから相談すべきかなかなか課題を絞り込めない、という人はまず、公的機関を利用するといい」と著者。とにかく「他者」に頼ることが脱出の大事な足がかりということは覚えておきたいところだ。
そのほか巻末の資料(本で紹介した支援機関・団体のウェブサイトと検索ワードのまとめ)などネットに不慣れな人へのサポート意識も高く、なにより情報量も豊富。常に「自分にあったものをどう選ぶか」という視点が提供されているので参考になることだろう。
まずはこうした本と出会うことも、「脱出」への大いなる一歩かもしれない。「本当に困っている人に心から届けたい」という著者の思いが、ひとりでも多くの人に伝わることを祈りたい。
文=荒井理恵