「今月のプラチナ本」は、一穂ミチ『スモールワールズ』

今月のプラチナ本

更新日:2021/6/25

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『スモールワールズ』

●あらすじ●

子供ができないことに悩む主婦と男子高校生、魔王のような強さを持つ姉と再び暮らすことになった弟。初孫を愛する祖母と娘夫婦、加害者と被害者ながら文通を始めた男女。定年間近の父の前に15年ぶりに現れた子。そして、ある日後輩から葬式の招きを受けた男。それぞれ異なる家族が喜びと苦しみを味わいながら生きる姿が描かれている、6編が収録された連作集。

いちほ・みち●小説ディアプラス2007年ナツ号『雪よ林檎の香のごとく』(新書館)でデビュー。『イエスかノーか半分か』(新書館ディアプラス文庫)は20年12月に劇場版アニメが公開され、話題に。同シリーズ番外編の2作『つないで イエスかノーか半分か番外篇4』『OFF AIR 2 イエスかノーか半分か』(共に新書館ディアプラス文庫)は「このBLがやばい!」2021年度小説部門1位となった。ほか、『is in you』(幻冬舎ルチル文庫)、『きょうの日はさようなら』(集英社オレンジ文庫)など著作多数。

『スモールワールズ』

一穂ミチ
講談社 1650円(税込)
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

 

叶わない願いが無力とは限らない

6編の中で、いちばん胸にしみたのが「愛を適量」。語り手の慎悟が、年齢の近い中年男であり、「いつも酒で自分をごまかして寝てしまう」点も似ているから。悪事を為したつもりはない、しかし家庭でも職場でも孤立してきた。なぜこんな扱いを受けるのか、なぜ自分の気持ちは伝わらないのか。6編の登場人物は皆、秘密を抱え、人に近づくことを恐れ、それでも手を伸ばす。中でも慎悟がたどり着いた「叶わない願いが無力とは限らない」という結論は、一筋の光明に思えた。

関口靖彦 本誌編集長。今号では「怪談実話2021」を担当。怪談本を見かけては買い集める中でファンになった作家さんたちに、書き下ろしをいただけて大感謝。

 

色んな顔を見せてくれる連作集

6編の連作集。最後の「式日」は、「死んだよ。よかった」。ヒヤッとするような一言を共有できてしまうハードな生い立ちの二人の物語。「意味なくぐるっと歩いてたら自分の教室が見えて、そこだけ明かりがついてて、すごくいいものみたいな気がした」。定時制の教室の明かりを見た後輩の言葉に、はっとした。私の母校にも定時制があり、やはり教室の明かりを見て、同じことを思っていた。うらやましいような、取り残されて焦るような不思議な気持ち。淡々と見えて濃い二人の友情がいい。

鎌野静華 湿気に弱いので梅雨時期は本当につらい。バテバテなときは市販のレモンティーをソーダ水で割って飲んでます。スッキリしておいしいですよね~。

 

スモール・ワールド・イズ・マイン

子どもの頃に某テーマパークのアトラクションを見て感じた恐怖の正体に、本作を読んで気付かされた。あれは世界中の皆が人格剥ぎ取られていたんですね……。本作はその真逆で、とことんコミカルなのに泣ける「魔王の帰還」も、先輩に岩井俊二を感じる「式日」も、どの短編もテンポが早く、重いテーマを提示しながら次の瞬間には中和する優しさのバネみたいなものを感じる。「あなたの汚い字(中略)いらいらするのに(中略)返事を書いています」(「花うた」)。この一文にも妙に納得。

川戸崇央 本作関連で櫻井孝宏さんによる「回転晩餐会」という未収録作品の朗読がYouTubeで公開中。櫻井さんの本誌連載(54P)もぜひチェックしてください!

 

自分が幸せになるためならなんだって

「ネオンテトラ」を読んでなんて欲を正直に書いた作品なんだろう、と思った。不妊に悩む主人公が不倫している夫に対し見ないふりでいて、不幸な家庭を持つ少年と交流を持つ。「生き方はそれぞれ違って当たり前。空虚な肯定はわたしの劣等感をすこしも拭ってくれない」その通り。そして彼女はある方法で一番欲しいものを得るけれど、すごくエグイのに、その計画性にこれくらい冷静に自分の幸せのため前のめりで生きるべきかもしれないとまで考えた。黒いどろりとした感覚が残る短編集。

村井有紀子 芦屋神社に参拝にいこうと駅から参道を歩いていたのですが、坂道が続くので汗がダラダラ。でもやっぱり景色最高でした。ご利益ありますように。

 

小さい世界でさえ、ちっとも見渡せないのだ

人ひとりが生きられるごく狭い世界でさえ、本当のところ何が起こっていて、他人が何を考えているのかわからないという原理を突きつけられる6篇。光、に見えたら闇、かと思ったらやっぱり光!?と認識がゆさぶられるのがもはや快感。いくつものブラックボックスを内包し、明かりを灯す団地、マンション、アパート、戸建て。「あれらの窓の内側に孤独も痛みも後悔も暴力も当たり前に存在し、光という闇だってあるのだと分かっていても惹かれてしまう」。わかるな。だってきれいだもん。

西條弓子 狭い家の中でしょっちゅう物を失くすのだが、「たぬきがこけた」と呟きながら探すという謎のおまじないで怖いほど見つかるようになり、少し怖い。

 

鮮やかな構成に鳥肌がとまらない

6つの短編が収録された本作。どのお話も構成や文体は異なるけれど、共通して描かれるのは“家族”とそれぞれが抱える“秘密”にまつわる物語だ。中でも印象的だったのは「ピクニック」。生後10カ月の女児が不慮の死を遂げ、疑念が向けられたのは実の家族……という「ですます調」で綴られたミステリーなのだが、物語の真相にたどり着いた時、この文体の意味に気づかされ鳥肌がとまらなかった。各章の仕掛けに驚くこと間違いなし。読み味の異なるお話がつまった宝箱のような一冊。

前田 萌 子犬を迎えておよそ3カ月。ようやくお散歩にいけるようになりました。引きこもりがちな私もこれを機に犬と共に積極的に外出したいと思います。

 

知らない誰かの、小さな世界

『スモールワールズ』というタイトルが、読了後にすっと沁みこむ。人生、本当に色々なことが起こるが、当事者の過ごす世界の外にいる人達にとっては所詮他人事に過ぎない。しかし、そんな小さな世界の集合体こそがこの世界だ。今日もどこかで、本作に出てくる様々な登場人物のように、誰かが泣いたり笑ったりして生きている。そう思うと、なんだかこの世界をまるっと愛おしく感じることができた。どの短編も読みごたえ抜群だが、個人的には書簡体が印象的な「花うた」がお気に入り。

井上佳那子 梅雨の季節。家にいる時、いつもは音楽を流しているのですが、最近はあえて無音のまま。開けっ放しの窓から聞えてくる雨音に心が落ち着きます。

 

家族という関係性の脆さと強さを知る

「魔王の帰還」では、高校野球の道を諦めた鉄二が暮らす家に、魔王のように強いと言われた姉が帰ってきたことから物語が始まる。いつでも明るく圧倒的な強さを持つ姉が、なぜ離婚することになったのか。それまで「家族」としての顔しか知らなかった姉の一面を弟が紐解いていく様子は、自分にはない感情や他人の考え方を知ることで、大人へと成長していく姿を楽しむことができる。人と人が家族になること、家族であり続けることで生まれた、それぞれの世界をぜひ味わってほしい。

細田まりえ 最近、百均のマスキングテープに夢中です。緻密なデザインやカラー箔のマステが増え、これが百円!?と驚きの世界。ついつい買いすぎてしまいます。

 

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