「涙なくしては読めません」唯一無二の愛を描いた感動のラブストーリー『彼女が花に還るまで(かのはな)』
公開日:2021/6/2
「小説界の新しい才能(ルーキー)を見つけ出そう」と創設された、双葉文庫ルーキー大賞の第4回受賞作『彼女が花に還るまで』(石野晶/双葉社)。大学生の主人公・谷村温人(はると)がある日バスで見かけた、白い花が咲いているかのような立ち姿の女性――花守木綿子(ゆうこ)に恋をする純愛小説なのだが、2人を結びつける“花”だけでなく、舞台となる岩手県の情景を映し出す描写が印象的な作品だ。
盛岡より北にある住宅街で育った温人は、それほど自然に親しんで育ってはいない。岩手山にぐるりと囲まれた土地ではじめての一人暮らし。孤独にさいなまれながらも大学に通いはじめた5月、枯れ野原と思っていた地が目に痛いほどの青々とした草原に姿を変えるのを目のあたりにした場面の描写を読むだけで、びゅうっと涼しく爽やかな風が吹き抜けていくような心地がしたし、陽光を浴びた草は銀色に光り、さざ波のように揺れるのだということをはじめて知った。
〈子供時代にこういうものを見ておくべきではなかったかと、悔しくなった。だけど、まだ取り返しがつくとも思った。だから、ここで暮らしていこうと、覚悟を決めた〉という温人の心理描写にも打たれた。まだ、取り返しがつく。それは彼が若いからではなくて、未知の世界に躊躇いなく飛びこんで吸収しようとする彼の素直さが、その一節から滲み出ていたからだ。
「涙なくしては読めませんが、ページを閉じた後に温かい気持ちになるのはなぜでしょうか。ここ岩手の書店員として誇りに思える作品と巡り会えたことに感謝します。」
というのは、岩手に店舗をかまえるさわや書店・栗澤順一さんの感想コメントだが、それはきっとページの端々に四季の光が満ちているからじゃないかと思う。
温人は理工学部の2年だが、木綿子は農学部の1年生。農学部の近くには植物園と呼ばれる花々の咲き誇る敷地があり、2人はそこで幾度となく会うようになる。木綿子から植物の名前を教えてもらうのをきっかけに、温人の世界は彩りに満ち始め、陽光のようなぬくもりをもたらしてくれた彼女にもますます惹かれていく。だが、どう考えても両想いだろうという距離なのに、木綿子は決して温人の想いを受けとろうとしない。それは、彼女の抱えるある秘密のせいなのだが……。
「喜びと悲しみがぐちゃぐちゃに混ざった涙が次々とこぼれ、ふきとるヒマがないほど物語の中へひきこまれていきました。余談ですが、泣きすぎて…鼻かみすぎて…鼻血が出ました。」(Book Yard. CHAPTER 3 & COMO 川本梓さん)
というコメントもあるように、植物を介して近づいていく2人の関係は微笑ましいのに、常に切なさがつきまとう。そして「恋人は作らないと決めている」と言う木綿子を諦めることができず、常に寄り添いそばに居続けた温人の想いが報われたとき――喜びとともに最大の悲しみも襲ってくるのである。
「自分が若い頃にこんなステキな本と出会えていたらと、年甲斐もなくロマンチックに思いました。それだけに、今の若い世代、本を読まない人に是非読んで欲しいと思い、強く推します!」(明屋書店 MEGA西の土居店 伊藤嘉浩さん)
世代を超えて心をゆさぶる純愛小説。物語から抜き出した言葉を歌詞にしたオリジナル楽曲の流れるMVとともに、ぜひその世界観に浸ってほしい。
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『彼女が花に還るまで』(石野晶 著)| 双葉文庫ルーキー大賞第4回受賞作
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文=立花もも