「たった一人の言葉に傷つき、心を病んでしまう」――40作目で描いた“小説家小説”に込めた想いとは?《綾崎隼さんインタビュー》
公開日:2021/6/16
若者に熱狂的に支持されるベストセラー作家の、突然の訃報。ファンの後追い自殺まで起こり、出版社はじめ関係者は窮地に立たされる。やがて、ある山中の廃校に7人のファンが集い、亡き作家の小説世界をなぞる共同生活をしながら、未完に終わった物語の結末を見つけだそうとするが――。
数々の青春、サッカー、ミステリ小説で知られ、昨年上梓した将棋小説『盤上に君はもういない』(KADOKAWA)で新境地を切り拓いた綾崎隼さん。記念すべき40冊目となる本作『死にたがりの君に贈る物語』(ポプラ社)は、物語をめぐる物語だ。
取材・文=皆川ちか
「“小説家小説”というのは、作家なら誰でもきっと一度は書いてみたい題材だと思います」と綾崎さんは語る。
「前作を出したとき、ベストと言い切れる小説を書けたと思いました。これでもう死んでもいいというくらいの達成感がありました。では次に何を書こうかと考え、10年間の作家生活で良くも悪くも様々なことを経験してきましたし、小説そのものをテーマにした作品に、そろそろ挑戦できるのではないかと考えました」
プロローグは人気作家ミマサカリオリの急逝を伝えるSNSの文章からはじまる。
社会現象となる大ヒットシリーズで知られるミマサカ。しかし人気キャラクターを作中で死なせたことで一部のファンが激怒し、SNSを中心に大炎上する。それによりミマサカは書けなくなり1年後、物語はこの作家の死から幕が開く。
「ミマサカリオリは私の10倍くらい売れている、知名度もある作家と設定しました。その分はね返ってくるものも自分の10倍はきついはず。作家は繊細な方が多いですし、それこそ炎上なんてしたらどんなに苦しいことか。決して人ごとではない身近にある感覚を膨らませて、ミマサカに命を吹き込みました」
たしかにSNSは諸刃の剣だ。
本作はマンガ家・西崎りいち氏によるTwitterでの紹介マンガや、「TikTok」で15万人超フォロワーを持つけんご氏の紹介動画などの効果もあり、発売直後より重版を重ねている。
SNSの声が作者を応援することもあれば、反対に心を切り刻むこともある。その攻撃力は受けた者でないと分からない。
「『九十九人が褒めてくれても、たった一人の言葉に傷つき、心を病んでしまう。』これはミマサカリオリの言葉ですが、私もそうですし、ほとんどの作家さんがそうじゃないかと思います。どうしてもマイナスの言葉に引っ張られてしまうんです。エゴサーチは一切しませんという方は賢明だと思います。その一方で、あるタレントさんがこんな風に仰っていました。自分の出演した番組は必ずエゴサーチをして、何を言われているのか把握したうえで次の番組に臨む、そうでないと現代のテレビタレントはやっていけないと。精神的なタフさも求められるでしょうが、なるほどなと納得させられました」
綾崎さんの場合はどうだろう。
「私は読者の反応がすごく気になってしまうタイプです。一番きつかったのはデビューしたばかりの頃でしょうか。電撃大賞は応募総数が5000前後と日本で一番多いこともあり、受賞作に対する批判の声も容赦なく聞こえてきます。“登場人物にキラキラネームが多くて、げんなりする”なんて感想に落ち込んでいたら、担当編集者さんに言われたんです。『あなたの作品を批判する人は二作目を読まないから気にしなくていいい。それよりもあなたの作品が好きです、面白かったです、と言ってくれる人は次も読んでくれるから、自信を持って個性を大切にしたらいいんだよ』と」
あなたの作品が好きです
作家にとってこれほど嬉しく、力づけられる声はないだろう。ミマサカリオリにとって、そんな声を送ってくれる読者の一人が、廃校に集まったメンバーのうちの一名、中里純恋だった。毎週ファンレターを書き綴り、ミマサカに心酔するあまり後追い自殺までしようとした危うさのある少女だ。
「純恋(すみれ)は若干キラッとした名前にしていますが、登場人物が多い中で一人だけそういう名前があると、読者に簡単に印象づけることができます。そうした狙いもあって他の人物たちが落ち着いた名前である中、彼女だけちょっと違う感じにしています。それと対照的なのが、佐藤友子ですね。実際にそういう名前の方がいたら申し訳ないのですが、意図的に、いかにも適当な偽名をつけてきたんじゃないか……と思われそうな名前にしています」
廃校での生活をかき乱すトラブルメーカー、佐藤友子。ミマサカリオリのファンだというのになぜかミマサカをディスり、作家を慕う他6名の者たちにもことあるごとに突っかかる。とりわけ純恋を目の敵にして「狂信者」と罵りさえする。
共同生活の中で徐々に緊迫していく人間関係。そしてミマサカリオリの“死”の原因に迫っていくミステリ的な趣向が、精細な筆致で展開されてゆく。
「廃校で共同生活をするというストーリーは中学生の頃から考えていたものでした。未完に終わった物語の結末を知るために、というのが基本プロットですが、読者も、小説家も救う物語にしたい。愛の物語だけど、恋愛の物語ではない。そこをしっかり伝えるためにも、物語が恋愛方向へ引っ張られていかないよう気をつけました」
本作には3つの立場から、物語を愛する者たちが登場する。小説家、読者、そして編集者だ。エキセントリックな作家、ミマサカリオリに振りまわされる担当編集者の杉本。彼をはじめとする編集者たちの仕事に懸ける情熱と責任感が、この物語に厚みを加えている。
「編集者パートは、本作の担当編集者さんの提案を受けて補強しています。当初の構想では、柱となるのはミマサカリオリと純恋、すなわち作家と読者の関係が主だったんです。そこへ『これは編集者の愛の物語でもあるのではないか?』というご意見をいただいて、実際自分もこれまで編集者さんに常に助けられてきたので、編集サイドの物語も分厚く組み込むことにしました。これまで接してきて、感謝している編集者さんたちを思い浮かべつつ杉本を書いていきました」
冒頭ですでに故人となっているミマサカリオリだが、物語が進むにつれ存在感はどんどん増していく。終盤ではミマサカが小説家となった経緯が明かされ、
作家になってからも苦しい時間の方が圧倒的に長かった
この独白には、物を書くことの苦しさ、孤独が切々とにじむ。
「小説を書くことはいつだって楽しいのですが、小説家であることには苦しさ、痛みを感じることがあります。大々的に宣伝してもらっているのに結果が伴わなかったり、自分の本を読んで傷つく人がいたらどうしよう、と不安に襲われたり。趣味で書いているのなら、楽しいままでいられたのでしょうが、“小説家”になってしまったことで、創作にそれまで知らなかった苦しみが伴うようになる。ミマサカも同じだったのかもしれません」
好きなことを職業とした時点で、純粋にそれを楽しむことができなくなる。それは作家に限らずあらゆる職種のプロに当てはまることだろう。
物語の終わりには、ミマサカリオリ(作家)から純恋(読者)に向けたメッセージとも受け取れる文章が記されている。
「私もまた、たくさんのファンレターに励まされ、支えられてきました。この人は今きっと本当に苦しいんだろうな、と察せられる手紙もありました。この物語は、ファンレターをくださる方、私の小説を好きでいてくれる方、皆様に対しての思いを綴った小説でもあります。また、続きを待ち望んでいる小説や物語、作品、推し作家などがある方々が、本書の登場人物たちに気持ちを重ねて読んでくれるといいなと願っています」