【次にくるマンガ大賞 2021特別企画】過去の受賞作を振り返り!「地味な私に学園一のイケメンが~」の男女逆転版ラブコメ『僕の心のヤバイやつ』

マンガ

更新日:2021/6/21

 ユーザーから「次にくる」と思うマンガを募集し、そこでノミネートされた作品から投票によって大賞を決める”ユーザー参加型”のマンガ大賞「次にくるマンガ大賞」。7回目となる今年のノミネート作品が出そろい、6月18日(金)から投票がスタートする。ぜひ参加して推しの作品を応援しよう! ドキドキの結果発表を待つ間に、過去の受賞作品を振り返ってみてはいかがだろう。本記事では2020年にWebマンガ部門で第1位を獲得した『僕の心のヤバイやつ』(桜井のりお/秋田書店)を紹介!

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 本作の内容は、“陰キャ少年×陽キャ美少女の青春格差ラブコメ”。もともとは『週刊少年チャンピオン』の連載作品で、現在はウェブコミック配信サイト『マンガクロス』で連載されている。

 男性人気が高い作品だそうだが、なぜ男向けのラブコメがこれほど熱狂的に読まれているのか。一つはヒロインの山田が圧倒的にカワイイからなのだが、この作品には他にも多様な魅力が詰まっている。その面白さを解説していきたい。

 まずはあらすじと登場人物について。

 主人公の中学生男子・市川京太郎は、先述のように“陰キャ少年”。前髪が片方の目に被る髪型で、休み時間には『殺人大百科』という本を読んでいて、休日のファッションはドクロT&ウォレットチェーンのファッション……という相当重度な中二病だ。

 その面倒なこじらせっぷりに、中二病罹患歴のある読者は「あの頃の自分を見ているようだ……」と感情移入をしてしまう(おそらく男女問わず)。マンガという「絵」の中での主役は山田なのだが、物語の主役はあくまで市川で、読者が感情を重ねるのも市川、というのが『僕の心のヤバイやつ』の一つの特徴だ。

 そんな市川は、学園カースト頂点の美少女・山田杏奈の殺害を妄想してはほくそ笑んでいた……のだが、図書室で鼻歌を歌いながらお菓子(パーティ用)やおにぎり(デカい)を隠れて食べている山田を目撃。「なんなんだ なんなん あの女」と胸のドキドキが止まらなくなってしまう。

 そして市川は、山田が出ているファッション誌(山田はモデルの仕事もしている)を買ってみたりする。それで「僕と山田は全く違う世界の人間」と卑屈さを爆発させたりもする。でも、山田が他の男子と話しているのを見ると、猛烈な嫉妬からおかしな行動に出てしまうことも……。

 次第に市川は、自身の「気持ち」と「行動」が山田を前にすると一致しないことを自覚。1巻の最後の話では、山田が涙する姿を陰から見て、自分も自然と涙を流してしまう。そして市川は気づく。「僕は山田が好きなんだ」と。

 1巻の最後のこのシーンは、そこまで中二男子・市川のイタさ&山田のカワイさ(&微エロシーン)で押してきたマンガが、市川の恋心の自覚とともにラブコメへと走り出す瞬間。このマンガが“化けた”瞬間でもある。2人の涙に、読んでいるこちらも涙を誘われてしまう名シーンなので、未読の方はぜひ読んでみてほしい!

 さらに「この作品は、『距離』『変化』『気付き』を丁寧に描いていきたいと思っています」という作者コメントも掲載されている。その言葉通り、『僕の心のヤバイやつ』は恋心や恋模様のディテールの描写が非常に巧みだ。

 ストーリーが進むにつれ、2人は一緒に話すとき、顔を赤らめるシーンが多くなる。“尖ったナイフ”を気取ってた市川は、ときに恋する乙女のようになっていく。スーパー天然でスーパー無邪気だった山田も、市川の前ではどこか不器用で、ぎこちない少女に変わっていく。

 2人が着実に惹かれ合いつつあるのに、最後の部分で素直になれない……。そんな描写の連続に、読者は「あぁ、もどかしい!!」と思いつつ引き込まれてしまうのだ。

 そしてこのマンガは「男の市川のほうが体が小さく、繊細で、自分の恋心に自覚的(気づくのが早い)」「女の山田のほうが体が大きく、鈍感で、自分の恋心に無自覚(気づくのが遅い)」と、ラブコメにおける男女の役割が一般的な設定と逆なのも面白い。

 実際、混み合ったエレベーターの中で「壁ドン」されてドキドキするのは男の市川。2人でいるとき、「ヤバイ、今(の自分、)絶対キモい」とドギマギするのも男の市川。雨が降ったとき、傘を差してもらうのも男の市川。雨に濡れたとき、上から頭を拭いてもらい、顔を赤らめるのも市川。自分の恋心をモノローグで語るのも男の市川だ。

 いわば『僕の心のヤバイやつ』は、「クラスの中でも目立たない私に、学園一のイケメンが話しかけてきた!」的な定番ラブコメの性別逆転版でもあるのだ。

 このマンガが人気を呼んだのは、何より作者の力だが、そこで描かれる恋愛には、既存のラブコメや恋愛のステレオタイプを飛び越えた要素が多い。そしてその内容が、男性観や女性観が大きく変化する時代の空気と呼応しているからこそ、このマンガは「新しいラブコメ」として熱く支持されているのだろう。

文=古澤誠一郎