アイドル×SNSで心の闇を描き出したサスペンス、第61回メフィスト賞受賞作『#柚莉愛とかくれんぼ』の魅力

文芸・カルチャー

公開日:2021/6/17

#柚莉愛とかくれんぼ
『#柚莉愛とかくれんぼ』(真下みこと/講談社)

『#柚莉愛とかくれんぼ』(真下みこと/講談社)は、SNS上で飛び交う人間のエゴや誤解を描き出したサスペンス小説だ。SNSのアカウントを持つすべての人に、生々しい痛みをもたらす作品だと思う。

 メジャーデビューを目標に掲げて活動する3人組のインディーズアイドルグループ、「となりの☆SiSTERs」。不動のセンターは現役女子高生の青山柚莉愛である。しかし、柚莉愛は自分の容姿や経歴を憧れのアイドルと比較し、SNSに書かれた自分の評判を見るたびに、センターとしての自信を失っている。ある日のファンに向けた動画配信で、柚莉愛は特殊な企画に挑戦する。その企画は、メジャーデビューを懸けた切り札として敏腕プロデューサーが提案したものだ。斬新な企画はSNS上で話題になり、ファンの手による情報は波紋のように広まる。しかし、企画の影響は思わぬ事態を巻き起こすことに……。

 本作では、SNSに並ぶ投稿と、その投稿を読んだり書いたりする本人の心理が描かれる。さまざまな感情を抱きながら日々を生きる本人の意思や素性とは関係なく、SNS上で誇張された架空の人物像が独り歩きする様子が恐ろしい。また、SNSという限定された空間での自身の役割や評価を、アイデンティティとすり替えてしまうプロセスも痛々しい。SNSでよく見る“炎上”や“トレンド入り”などの現象を、それらを仕掛ける本人の視点から追う体験は、SNSの情報がいかに不確かで偏りがあるものかということを読者に教えてくれる。

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 本作がアイドル柚莉愛と、柚莉愛のファンの視点を行き来しながら進行することは、SNSを舞台にした物語をより味わい深くしている。ファンの理想を演じることで収益を生むアイドルにとって、SNS投稿はファンサービスの一環であり、営業ツールでもある。一方、ファンはそのビジネスモデルを理解しつつ、顧客としての要望をファン活動という体裁で投稿する。たとえばアイドルが投稿した全身写真に対して、「おつかれさま!ちょっと柚莉愛ちゃん太った?」とファンがリプライを返したならば、それを読んだアイドル側はダイエットに力を注がざるを得ない。一見アイドルの立場や影響力が強いようで、アイドルはファンの要望や意見という拘束具に心身を縛られている。SNSを過度に気にする柚莉愛の存在によって、その主従関係が浮き彫りになる。

 物語はやがて事件へと発展していくが、先ほど伝えたアイドルとファン、どちらが被害者で、どちらが加害者だと断言するのは難しい。どちらも加害者であり、被害者でもある。唯一、加害者であり被害者ではない存在を挙げるとすれば、芸能プロダクションとその関係者だ。アイドルの感情を無視し、ファンの感情を搾取する企画で、知名度と売上を上げるためだけにSNSを利用している。彼らは投稿に関わるわけではないから、矢面に立つこともない。騒動の旨味だけさらっていく傍観者である。

 アイドル、ファン、芸能プロダクション。そして舞台となるSNS。この構図はアイドル以外でも応用できそうだ。インフルエンサーとフォロワー、芸能人と視聴者、メディアの記事と読者……。あらゆるところに、仕掛けが生んだ影響力に踊らされる役者たちがいる。たいがい私たちは、影響力や才能を持つ誰かと、それに群がる無才な大衆という二者にしか目を向けないが、その二者によってもたらされる利益を狙う第三者、つまり仕掛け人がいる場合が多い。そのことを視野に入れれば、ニュースやSNSの炎上の捉え方が少しだけ変わるかもしれない。

 本作は第61回メフィスト賞受賞作であり、真下みことさんのデビュー作だ。過去のメフィスト賞受賞作とはやや異なる魅力を持っているため、メフィスト賞受賞作に関心が強くなかった読者層の胸にも届く作品と言えるかもしれない。SNSが持つ危険性や、その危険性の根底にある仕組みに焦点をあて、アイドルとサスペンスを掛け合わせた切り口が斬新だ。真下みことさんの次回作を読むのが楽しみである。

文=宿木雪樹