父親から性的虐待を受ける少女を救った往年のロックスター…妄想と救済の美しい純文学作品《第164回芥川賞候補作》

文芸・カルチャー

更新日:2021/6/22

コンジュジ
『コンジュジ』(木崎みつ子/集英社)

「うつし世はゆめ 夜の夢こそまこと」という言葉を思い出した。私たちが現実と思い込んでいるものは夢であり、夜にみる夢や妄想の世界が現実。夢や妄想の怪しい世界にこそ、私たちの生きる糧は存在するのかもしれない。

『コンジュジ』(木崎みつ子/集英社)は、ひとりの少女による自らの救済を描いた純文学作品。第44回すばる文学賞受賞作であり、第164回芥川賞候補作に選出された傑作だ。過酷な現実世界と、甘美な妄想の世界。2つの世界が重層的に絡まり合う物語展開は圧巻だ。

 主人公・せれなは、11歳の少女。彼女の9歳の誕生日に母は家から出て行き、父は二度も手首を切っている。どうにか父を支えようとする日々の中、せれなは、1993年9月2日未明、深夜番組で偶然見かけたイギリスのロックバンド「The Cups」のメインボーカル・リアンに恋をした。すでにこの世にはいない伝説のロックスターはせれなにとって生きる意味となっていく。父はある日、「新しいお母さんだよ」と、異国の女性・ベラさんを連れてくるが、そんな日々も長くは続かない。父との壊れた関係はどんどん悪化していき、やがて父はせれなへ手を出すようになっていった。

advertisement

「……コンジュジに、なれたら」
「こんじゅじ、ってなに?」
ベラさんはこれ以上聞いてくれるなという表情を浮かべたが、助け合って生きていく人のことだと答えた。

 この物語はせれなが31歳になるまでを淡々とした筆致で描いていく。書き出しから穏やかに健気なせれなの日々を追っていたから、中盤からの父親の変化に目の前が真っ暗になった。胸の鼓動がうるさく響く。嫌悪感で吐き気さえ感じさせられた。父親のあまりにも鬼畜な行動。だけれども、物語はどこか冷めた視点でそれを描いていくのだ。

 読者である私たちでさえ、せれなの現実から目を背けたくなるのだから、せれながリアンとの時間に救いを求めた気持ちもわかる気がしてくる。リアンや、他のバンドメンバーの設定は緻密で、本当に実在するUKロックバンドのよう。リアンの存在が、どうにかせれなを生かしてくれているのだ。せれなとリアンとの時間は眩しい。せれなは「The Cups」のヨーロッパツアーに同行。いつもリアンと行動し、たとえば、イタリアでは一緒に街を歩き、愛を語らう。せれなとリアンの会話はユーモアたっぷりで微笑ましい。2人の甘いひとときについつい読者も耽溺してしまう。だが、妄想の世界があまりにも幸せに満ちているが故に、現実世界がますます残酷に感じられる。

 父親との夜から、現実と妄想の境界を見失っていくせれな。少女の地獄はどこまで続くのだろうと、読めば読むほど胸が苦しくなる。だからこそ、ラストシーンには胸を打たれた。あまりにも悲しく、あまりにも美しい救済に目頭が熱くさせられた。

 性的虐待からのサバイブ。その果てにあるものは何か。現実と夢幻を往来する美しくも悲しい物語。

文=アサトーミナミ