「命を削ってやっていました……」『大家さんと僕』矢部太郎さんの最新作は、絵本作家の父がテーマ『ぼくのお父さん』【インタビュー】

マンガ

更新日:2021/6/18

矢部太郎

 高齢の大家さんとの交流を描いた『大家さんと僕』(新潮社)がシリーズ累計120万部を突破、第22回手塚治虫文化賞短編賞を受賞した、芸人・漫画家の矢部太郎さん。最新作『ぼくのお父さん』(新潮社)は実父で絵本作家のやべみつのりさんと、自身の幼少期のエピソードを描く作品となりました。一風変わったお父さんと矢部家を描くことになったきっかけや読みどころを、矢部さんへ聞きに行ってきました。

(取材・構成・文=成田全(ナリタタモツ) 撮影=島本絵梨佳)

やべ・たろう 1977年生まれ。1997年にお笑いコンビ「カラテカ」を結成、『進ぬ!電波少年』などに出演する。また俳優として映画やドラマ、舞台で活躍、さらには気象予報士として天気予報を伝えるなどマルチに活動中。2016年『大家さんと僕』を『小説新潮』で連載開始。翌年出版された単行本がベストセラーとなり、専業漫画家以外では初となる第22回手塚治虫文化賞短編賞を受賞、現在は同賞選考委員も務める。趣味は歯ブラシ収集。

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「お父さんノート」みたいな感じで描いた

矢部太郎
矢部さんの創作の原点を感じるお宝の数々…。父・やべみつのりさんと共作した紙芝居や手作りのおもちゃ、作中にも登場した縄文土器、たろうノートのお姉さん版(右上)も!!

――ご家族を描くことになったきっかけは何だったのでしょうか?

矢部太郎さん(以下、矢部) 『大家さんと僕 これから』を出した後、『小説新潮』で何か連載しませんかという話をいただいて、「お父さんの話がいいんじゃないかな」と思ったんです。以前、こぐま社という絵本の会社の会報誌『こぐまのともだち』にお父さんのことを描いてくださいという話が父経由で来て、連載したんですよ。お父さんが仕事を取ってきてくれた、っていうか(笑)。

――お父様は絵本作家、紙芝居作家のやべみつのり(※1)さん。

矢部 はい。それで3回描いたんですけど、もうちょっと描けそうだなと思ったんです。お父さんも「続き描いたら?」と言ってくれて。そのときに「小さい頃、太郎好きだったよね」と『おとうさんとぼく』(※2)というドイツの漫画のことも話してくれて。

――矢部さんが子どもの頃に読んでいたということは、古い本?

矢部 ナチス政権下の時代に、新聞連載されてた漫画なんです。絵もシンプルで、セリフがないんですよ。お父さんと子どもの日常なんですけど、その当時のドイツなのに、強い父とか厳格な父じゃなくて、ダメなお父さんで。子どもと一緒にいたずらをして、子どもがお尻叩かれちゃうけど、お父さんも一緒に叩かれちゃうといった話で、「実際の僕のお父さんに近いな」と思って読んでいたんだと思います(笑)。あと僕はケストナー(※3)が好きで、その本にはケストナーが書いたエッセイの抄訳が載っているんです。そういったところも好きで、読んでました。あとは「これ、参考になるんじゃないか」ってノートがお父さんからドバーッと送られてきて。

――それが今日お持ちいただいた、成長を記録した「たろうノート」ですね。

矢部 そうです。お父さんが僕のことを書いているノートで、存在は知っていたんですけど、今回初めて見て。こぐま社のときは僕の記憶だけで書いていたんです。

――拝見すると、日々の出来事や出かけた場所、プレゼントしたものなどまで細かく絵や文章で書かれてますね。

矢部 それ以外にも僕がまったく覚えてない話や、当時のお父さんの心情や、仕事が上手く行かない話も書いてあるから、ちょっと違う角度から人間としてのお父さんが見えてくるということもあって。今回はそのノートを原作というか下敷きにして、「お父さんノート」みたいな感じで描きました。なので最初考えていた内容とはちょっと変わった構成になるかもな、と思って描き出したんです。

――大人になってから若い頃の親の心情を知るのって、恥ずかしいですよね。

矢部 僕だったらこんなノート、絶対に見られたくないと思うんですけど(笑)。これを見せちゃうということは、本当に裏表もないし、カッコつけようという気持ちもないし、描くのに使えばいいよ、という感じなんでしょうねぇ。うちのお父さん、恥ずかしいことがないって感じの人なので。

――実際に漫画をご覧になって、お父様の感想は?

矢部 結構早めに見てもらったんですよ、3話くらいのときかな? そうしたら「作品というのは、いい人を描いても面白くならない、ダメな人のダメなところを描かないといけないんだよ!」って、自分がどうこうというのは置いといて、真剣になって創作する上でのアドバイスをくれたんです。けど、僕としてはお父さんをだいぶダメな人として描いてたんですが……で、全部できあがったら、つくづく「これは変な人だなぁ」って言ってましたから、満足してくれたのかな? お姉ちゃんも読んで納得というか、「こんなに盛らないで」みたいなこともなく、「うん……」という感じでした(笑)。

――お母様の反応はどうでした?

矢部 お母さんは僕のやっていることにあんまり興味がないというか……『大家さんと僕』のときも、手塚賞の贈呈式には来てくれましたけど、感想言われたりとかはなかったんです。まあそれはお父さんに対してもなんで……もうお父さんでお腹いっぱいなんじゃないですか、こういうことする人は(笑)。

※1 やべみつのり……絵本作家、紙芝居作家。1942年岡山県倉敷市生まれ。1977年より子どものための造形教室「ハラッパ」を16年間主宰。現在も各地で造形遊びや紙芝居作りのワークショップを開く。主な作品に絵本『かばさん』『あかいろくん とびだす』『ひとは なくもの』(共著)、紙芝居に『ほねほねマン』シリーズ、『かわださん』『かめくんファイト!』(すべて共著)などがある。1996年、紙芝居『どうぶつのてんきよほう』(脚本:杉浦宏、画:やべみつのり)で第34回高橋五山賞奨励賞を受賞。

※2 『おとうさんとぼく』……ドイツの風刺漫画家エーリッヒ・オーザー(1903~1944)が、E.O.プラウエンというペンネームで1934~37年に『ベルリナー・イルストリルテ・ツァイトゥング』紙に連載した。原題は『Vater und Sohn』(父と息子)で、口ひげに禿頭の子煩悩な父と幼いやんちゃな息子エリックによる、ユーモアに溢れた6~8コマのセリフのない漫画作品。オーザーは1944年、密告からゲシュタポに逮捕され、公判前日に独房で自殺した。ケストナーとはライプツィヒの美術大学に通っているときに出会い(お互いに反ナチスだった)、生涯の友となった。

※3 ケストナー……ドイツの詩人・作家、エーリッヒ・ケストナー(1899~1974)。代表作に『飛ぶ教室』『ふたりのロッテ』など。

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