「命を削ってやっていました……」『大家さんと僕』矢部太郎さんの最新作は、絵本作家の父がテーマ『ぼくのお父さん』【インタビュー】

マンガ

更新日:2021/6/18

“知らない子ども”と“売れてない絵本作家のお父さん”がただ遊んでいる話

矢部太郎

――お父様の子どもたちへのスタンス、独特ですよね。

矢部 この本を読んでもらって感想を聞いてみたんですけど、自分の好きなことを子どもと一緒にやっていて、自分自身が子どもと楽しみながら生き直していた、と。子育てしている人は、子どもはみんな面白いから楽しんで、子どもから学んでくださいと言ってました。お父さんは保育園で絵の教室をやったりしていたんですけど、それを始めるときに園長さんから「何ができますか」と聞かれて「絵なら教えることができると思います」と言ったら、「きっと子どもがあなたに何かを教えてくれることになるでしょうね」と言われた、と以前インタビューで話していたんです。そういうスタンスだから、一緒にいると楽しんでいるし、何かをしろとは言わないし、何かするなとも言われたことないんですよ。

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――今から40年ほど前のお父さんとしては、珍しいですよね。本書で公園で小さな男の子がケガをして、保護者に「泣いちゃだめよ 男の子でしょ」と言われ、それを見ていたお父さんが「男の子も 泣きたいよねぇ…」と涙するシーンはじんわりしました。

矢部太郎『ぼくのお父さん』(新潮社)
矢部太郎『ぼくのお父さん』(新潮社)より

矢部 早い時点で「“男らしく”いるのは無理だな」と思ったんじゃないですかね、お父さん。自分はこうだからこういうふうにしている、という気持ちが強いんですよ。僕もそうなんですけどね。そうそう、お父さんが僕が子どもの頃に描いていた絵本に『かばさん』(こぐま社)というのがあって、お父さんと女の子が動物園へ行って、家に帰ってきてもかばの親子になって遊ぶという話なんですけど、当時お父さんが出てくる絵本ってほとんどなくて、あんまり売れなかったという話をしてました。でも何十年か後に復刊して、今のほうが読まれるようになったそうなんですよ。

――多様性やジェンダーの問題など、社会の流れがここ20年ほどでだいぶ変わってきていますからね。

矢部 うちのお父さんのような、ちょっと変わった人も受け入れてくれるような世の中になってきているんだろうなと思いますね。ただ……この本にお風呂屋さんが取壊しになるのをずっと見ている漫画があるんですけど、それはお父さんの日記に書いてあったんですよ、「今日は一日煙突のスケッチをしていた」って。でも僕はそれを読んで「なんだこの人?」って思いましたよ、子どもが2人いるお父さんが一日煙突のスケッチをしてたって、漫画にしたら8コマで終わっちゃうけど……ちょっと問題ですよね? なので僕の中では、そういう多様性みたいな文脈だけでお父さんを語ることはできないかなぁ、と思ってます(笑)。

矢部太郎『ぼくのお父さん』(新潮社)
矢部太郎『ぼくのお父さん』(新潮社)より

――矢部さんもお父様に似てらっしゃるところがあるんじゃないですか?

矢部 お父さんからの誕生日プレゼントでびっくり箱をもらったことがあるんですけど……いらないですよねぇ(笑)。でもプレゼントして相手がどう思うかということよりも、作っているときが楽しいんでしょうね。お母さんとしては「暇なら仕事して!」と思ってるんだけど、お父さんとしては「今忙しいから仕事できない」なんですよ。僕も先輩の誕生日に貼り絵で似顔絵を描いてプレゼントして、「いや、全然いらんわ!」みたいなこともあったりしたから……。

――明石家さんまさんは「手作り嬉しいわ! お金ないんやな~」と喜んで誕生日プレゼントの似顔絵を受け取ってくれて、しかもお礼に1万円をもらったんですよね。

矢部 はい(笑)。そういうところはちょっと受け継いでしまっているかもしれないですね。欲しいかどうかとか、もらってどう思ってくれるとかよりも、作りたいから作っちゃった、みたいな感じですよね。

――矢部さんが最初に『大家さんと僕』を出されたときも、「知らないおばあさんと売れない芸人の話のどこが面白いのか」「誰が読むんでしょうか?」と言ってましたよね(笑)。

矢部 そうでしたね……読んだ人がどう思うかとかあんまり考えないで描いているところありますね。『ぼくのお父さん』だって、知らない子どもと売れてない絵本作家のお父さんがただ遊んでる話ですから。誰が読むんだっていう(笑)。

「特別な好きな本」になったらいいなと思う

矢部太郎

――連載時から40ページも描き下ろしの作品が追加されているんですね。

矢部 描き下ろしはスケジュールが1カ月もなかったんですよ~。表紙や見開きの絵も書かないといけなくて大変で、最後は病室で仕上げて、すべて終わって送信ボタンを押してから、手術室へ向かうという……。

――えっ!

矢部 命を削ってやっていました……って、盲腸だったんですけどね(笑)。

――なんと! お大事になさってくださいね。ちなみに今回タイトルを漢字の「僕」ではなく、ひらがなの「ぼく」にしたのはなぜなんでしょう?

矢部 子どもの頃の目線、という意味でひらがなにしたんです。今回は色も塗ってみたんですが、現在の部分は白黒で、昔のことは全部カラーで描いているんです。僕、小さい頃、色がある漫画が好きで、家にあった漫画の中で特別に好きな本がいくつかあるんです。絵本とかもそうですよね。色がついてて、今でも覚えてますから。だからこの本も、そういうふうになったらいいなと思います。

――ちょうど父の日の前に発売されますから、ぜひご家族で楽しんでいただきたいですね。さて矢部さん、今後はどんな作品を考えてらっしゃいますか?

矢部 連載ができたらいいなと思って、準備をしているものはあります。『大家さんと僕』や『ぼくのお父さん』より、もうちょっとフィクションなものになると思います。面白い漫画になったらいいなぁ。

父・やべみつのりさんが本書に寄せたコメント

親バカですが、よく描けているなと思います。

自分で言うのもなんですが、つくづくへんな「お父さん」ですね。高度成長期に「全力でのらないぞ!」という気合いを感じます(笑)。

自分の好きなことを、子どもと一緒にやっていたなあと改めて感じました。僕自身が子どもと楽しみながら、生き直していたように思います。子育てをされている皆さん、子育てを楽しんで、子どもから学んでください。子どもはみんなおもしろい!

マンガとしても、シンプルななかにポエジーがあって、読者に想像する余地を残していていいなと思いました。幼い息子視点で父親のことを描いたのもユニークなんじゃないかな。お父さんの帽子は、電気スタンドのカサみたいで、ちょっと変だけど(笑)。

締め切りを守らず編集者を困らせているところなどは今も変わっていないので、太郎は成長して活躍しているようだけど、僕自身は成長していないなあ。

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