ダ・ヴィンチニュース編集部 ひとり1冊! 今月の推し本【6月編】
更新日:2021/6/23
ダ・ヴィンチニュース編集部メンバーが、“イマ”読んでほしい本を月にひとり1冊おすすめする企画「今月の推し本」。
良本をみなさんと分かち合いたい! という、熱量の高いブックレビューをお届けします。
『街の上で』から『太郎は水になりたかった』へ。癖になる大橋作品『太郎は水になりたかった』(大橋裕之/リイド社)
少し前になるが、緊急事態宣言が発令される直前に映画『街の上で』を観た。『愛がなんだ。』や最近では『あの頃。』などで知られる今泉力哉監督が下北沢を舞台に描いた群像劇だ。それほど重大な事件は起きないが、恋愛に軸をおき、人間の心の揺れ、青春期がそうさせてしまう感情的な行動、自意識、漂う気まずさetc.がちりばめられ、どれも「あ、わかる」「痛いけど淡くて……なんかありがとう」なんて思わせてくれるのだ。魅惑的で実力派の出演者たちと今泉作品が醸し出す味わいやユーモア(もはやコント)に魅せられ、観終わった後もしばらく高揚した気持ちに包まれている自分もいた。そんな本作の脚本に、マンガ家の大橋裕之氏が携わっている。そこで改めて推したいのが大橋氏の『太郎は水になりたかった』だ。2巻の帯に、清野とおる氏が「絵は僕より『アレ』ですが、内容は保証します」とニヒルな笑みを浮かべたイラストとともにコメントを寄せていたのにはつい笑ってしまったのだが、大橋氏が描く唯一無二の絵柄とありすぎる余白が作品の面白さを増幅させているのだから凄い。『太郎は水になりたかった』は、言葉を選ばず言ってしまえば、登場人物同士のやり取りはくだらないのだけど、世の中を別の角度から切り取る大橋氏の天才的な発想と意表を突かれるセリフ(時に残酷)が癖になり、プスっと笑いの連続で読後元気になっている、そんな素敵な漫画だと思う。『ちびまる子ちゃん』の永沢くんと藤木くんの関係が脳裏に浮かんだが、フォルムだけか。
中川 寛子●副編集長。世田谷文学館で開催中の「イラストレーター安西水丸展」へ。やはり安西作品は安西さんでしかなく置き換え不可能で……。最近気になって手に取った本は米国でベストセラーになった『アンチレイシストであるためには』。推し続けているバンドMONO NO AWARE玉置さんのインタビューもぜひ読んでもらいたい。
カードをめくった先にある未来とは――『カード師』(中村文則/朝日新聞出版)
もし、あの時別の選択をしていたら……。そう思う出来事が何回あっただろう。あの時、少し家を出るのが遅かったら、あのタイミングであの人に会っていなければ、まったく別の人生を歩むことになっていたかもしれない。
本書の主人公は占いを信じていないという占い師。依頼者の特徴を注意深く観察し、カードを通して助言を与えていた。そんな彼には違法カジノのディーラーという裏の顔が。巧みにカードを操り、イカサマをしていたが、ある組織からある男の顧問占い師になるよう仕事を依頼され、事件に巻き込まれていく。カードを操りピンチを切り抜けようとするが――。
主人公の占い師がシャーロック・ホームズのように物事を冷静に分析し、相手が求める答えを導き出す。物語序盤からぐいぐい引き込まれていく。そして、後半の息を飲む心理戦。スリリングな展開、ポーカーフェイスで冷静沈着だったはずの男の心が乱れる様子にこちらの心拍数も上がっていく。
ピンチもチャンスも、人生の重要な局面は突然やってくる。そんな時、より確実な未来を掴み取りたいと、何かにすがりたくなるもの。もしかしたらこの決断を一生悔やむことになるかもしれないと思いながらも、それでも選択し続けなければいけない。どんなに大きな出来事が突然降りかかってきたとしても、未来は平等に誰にもわからない。カードをめくってみるまでその決断が良かったのか悪かったのか、むしろ、それが人生のターニングポイントだったのかすら知ることはできない。でも、未来が読めないからこそ、希望を持てるのかもしれない。「こんな未来を誰が想像しただろうか」と言われるような今、読みたい1冊。
丸川 美喜●ホラーや育児マンガ連載を担当。昔、占い師に単純なミス(階段を踏み外したりするようなこと)が致命傷につながるから気をつけてと言われた。幸い今のところ大きな事故には遭っていません。
アラフォーで独身。そんな生き方でも間違ってない!『38歳、男性、独身――淡々と生きているようで、実はそうでもない日常。』(ウイ/KADOKAWA)
2年ほど前、仕事を変えておよそ10年振りにひとり暮らしを再開した。実家に戻ったり、転勤したり、いろいろあったりで、改めて考えると今回で4回目となるひとり暮らし。毎回冷蔵庫や洗濯機を買っているので、そんなところでも計画性のない生き方だと思う。「もう1人でこのスタイルで生きていくのかな?」などと、休日の夜はえもいわれぬ不安に襲われることが多いが、あまり後ろ向きな気持ちになりたくないから深く考えないようにしてきた。そんな臭いものにはフタ生活をしばらく送っていたときに、本書の「気がつけばアラフォーになっていたすべての人へ」というオビのコピーに「これは自分のことやんけ」とドキッとしてページをめくった次第。同年代の友人のほとんどは結婚しコロナもあって会う機会がほぼなくなり、SNSで頻繁にコミュニケーションするほど若くもない。そんな多少の孤独感もあって、梅酒を作った話や死にかけた話、不倫の考え方など、言ってしまうと、とりとめなくさまざまな話題が綴られている本書は独身の友人同士で会話をしているような気分になれたし、独身アラフォーのこんな生き方は決して間違っていない、むしろ進化しているという考え方は違和感なく受け止めることができた。とても親しみやすく読みやすい語調で書かれた独身論。先行きが見えにくくなっているこのご時世で、自分の生き方に不安を感じているアラフォー世代の心に響くだろう。きっと拡大解釈になるかもだが、急いて答えを出さず、もう少し惑いまくる40代でいてみようと思った。
坂西 宣輝●最近ヨガマットを購入しました。といってもヨガをするためではなく、しばらくサボっていた筋トレ用に。すこぶる快適に運動できて目からウロコです。体力の衰えを実感するアラフォー、筋肉貯金もしっかりしていこうと思います。
まぜるな危険!? ボーイ・ミーツ・ガールと夏休みのあれこれ『子供はわかってあげない』(田島列島/講談社)
夏休み×プール×ボーイ・ミーツ・ガールといえば、望月峯太郎さん原作の映画『バタアシ金魚』だろう。若かりし日の筒井道隆さんと高岡早紀さんがとにかく最高な90年代を代表する青春映画の傑作! ちなみに夏休み×シンクロ×ボーイ・ミーツ・ガールという組み合わせとなると『ウォーターボーイズ』という、これも傑作な青春映画がある。そして、さらに高校生×入れ替わり×ボーイ・ミーツ・ガールともなると皆さんご存じの『君の名は。』の完成だ。「ボーイ・ミーツ・ガール」は今までにも、さまざまなお題と化学反応を起こし、数多の傑作を生み出してきた。
本作はというと、夏休み×高校生×水泳×書道×父探し×探偵×新興宗教×超能力が「ボーイ・ミーツ・ガール」と衝突してビッグバンを起こしたみたいなマンガである(大袈裟なようで、あながち間違ってないたとえだと思う)。そして本作はもっとシンプルに言うと水泳部のサクタさんと書道部のもじ君が出会って、ひと夏を過ごして、少し大人になる話でもある。田島列島さんの描くマンガはいつも、フリースタイルなように見えて、ものすごく強固な骨格がある。そして、和やかな笑いに油断していると、急に心臓にナイフを突きつけられるようなスリリングさで登場人物の魂の叫びが出現したりするのが、たまらなく大好きだ。数多の傑作の中でも特別な存在感を放つ「ボーイ・ミーツ・ガール」なのである。この夏にはついに映画が公開されるので、そちらも待ち遠しい。
今川 和広●ダ・ヴィンチニュース、雑誌ダ・ヴィンチの広告営業。本作のタイトルの元ネタ『大人は判ってくれない』も偏愛する映画。初めて観たのはサクタさん、もじ君と同じく高校生の頃だったな、と思い出した。
とにかく世界観に圧倒されろ! 中国発BLファンタジー『魔道祖師1、2』(墨香銅臭:著、千二百:イラスト/フロンティアワークス)
同名アニメ、ラジオドラマ、そして世界90億再生を突破し社会現象を起こした人気ドラマ『陳情令』の原作である中国発のBLファンタジー、『魔道祖師』の日本語版小説が5月に発売された(アニメ・ドラマはブロマンス作品)。メデイアミックス作品を先行して慣れ親しんでいた日本のファンにとってはまさに“満を持して”であり、原著を翻訳しながら読んでいた諸姉たちもいた中で歓声をもって迎えられたようで、すでに3刷が決定している。
舞台は古代中国。妖魔や邪気を打ち払う力を持った人々(修士)がいる世界で、主人公の魏無羨(ウェイ・ウーシエン)は「大悪党」として討伐されたが、思わぬ形でよみがえりを果たす。そこで前世ではぶつかってばかりだった知己、藍忘機(ラン・ワンジー)と再会し、かつての出来事の顛末について探り始めるが――。
もちろん、BL作品なので2人の関係にも注目したいが、スケールが壮大で、彼らが生きる世界に思わず没入してしまう。自分の正義や信ずるところのためにどう生きるのか。為すすべのない過酷な運命の中で、どう在れるのか。大切な人のために何ができるのか。そういった問いを何度も突き付けられる。
作中では20年以上の時が流れ、現代と過去を行き来しながら物語が展開する。主人公2人の愛の物語でもあり、2巻の帯は私的には本年度No.1の帯台詞になりそうだ。
遠藤 摩利江●『魔道祖師』にハマって驚いたのが、結構みなさんフランクに海外版書籍を購入し、中国や台湾、その他アジアの書籍やグッズを輸入で通販しているところ。世界はどんどん小さく(1つに?)なっていくなぁというか、好きは海を越える……! を実感しています。
凶悪犯の名前が自分と「同姓同名」だったら…『同姓同名』(下村敦史/幻冬舎)
事件報道などでとかく話題になる実名報道。凶悪な事件であるほど人々の関心は高まり、SNSのトレンドに容疑者の名前が浮上することもある。これらに違和感を覚えるきっかけになった小説が、この『同姓同名』だ。
本書は冒頭、大山正紀さんを大山正紀容疑者が殺した、という報道の内容からスタートする。約8年前の女子児童殺害事件の容疑者の少年について、週刊誌が実名を報道したためSNSのトレンドワードとなり、多くの人に刻まれる名前となった「大山正紀」。そして「犯人の大山正紀」の出所をきっかけに、ある大山正紀は「“大山正紀”同姓同名被害者の会」を立ち上げ、複数の大山正紀たちと「汚名」をそそぐ活動を始めるが……。
複数の大山正紀の視点で描かれる物語は、「これは○○の大山正紀?」と考えながら読み進めることで、同姓同名のややこしさと名前というものの曖昧さを実感させられる。別人だとわかっている本人ですら、ネットで憎しみをぶつけられる名前が同姓同名であれば、自分が糾弾されたように感じ心が痛む。まして性別が同じで年齢が近ければ、取引先や進学先にあらぬ疑いをかけられてしまう。人生がうまくいかなければいかないほど、同姓同名の犯人への憎しみは募るだろう。
同姓同名がテーマだからこその展開にページを繰る手が止まらない。「真実を保証する」という容疑者の実名報道も、同姓同名の人の存在を考えるほどに正解がわからなくなる。正義感を安易に暴走させてしまうことだけは注意しなければならないと思った。
宗田 昌子●全力応援しつづけた体操の五輪代表が出そろった。種目別選手権・鉄棒での北園選手の演技には、拍手する手をいつまでも止めることができなかった。自分の限界に挑戦する体操競技に向き合う選手たちに、勇気をもらっている。
映像的な描写の精度にのめりこむ。『おれたちの歌をうたえ』(呉 勝浩/文藝春秋)
呉勝浩さんの前作『スワン』は、強烈な一撃だった。刊行された頃さまざまなインタビューで、小説を書くきっかけとして、呉さんが2本の映画のタイトルを挙げているのを目にしたが、序盤の無差別銃撃事件のシーンを読んでいて、個人的に全然違う映画を思い浮かべてしまった。ブライアン・デ・パルマ監督、日本では1999年に公開された『スネーク・アイズ』。オープニングからの13分間ワンカット・長回しが有名な作品で、そのシーンを観た学生時代の自分は、映像がもたらす臨場感に、当時えらく興奮した。ショッピングモールで起きる事件を描写した『スワン』の冒頭もしかり。当事者たちは事件が起きている時間・空間で何を見て、感じたのか――作中で起きているのは非道なテロ行為であって、決して楽しいものではないけれども、読み手の心をつかみ、引き込んでゆくエンターテインメントとしての描写の精度に、ものすごく惹かれたのだった。
そんな『スワン』に続いて、呉さんが2度目の直木賞候補に選ばれたのが、今年2月に発売された最新の長編『おれたちの歌をうたえ』。昭和・平成・令和と、3つの時代を行き来しながら展開する物語は、元刑事である主人公のハードボイルドなタッチから始まり、『スタンド・バイ・ミー』的な展開もありの、600ページにおよぶ大作だ。映像的なエンターテインメント性を伴い、夢中で読ませてくれる1作。今後の作品も、注視していきたい。
清水 大輔●編集長。新しい連載企画を、同時並行で準備中。本を読んで、書き手の才気に触れることと同じように、才能ある人物の言葉に真っ先に触れることができるのは、この仕事の面白さのひとつ。お届けするのが楽しみです。