海堂尊の、あの“たまご”が13年の時を経て孵化! ≪中学生医学生≫とおとなたちの戦いを描いた物語の続編が2冊連続刊行
公開日:2021/6/24
ページを繰る手を止めさせないエンターテインメントでありながら、ニッポン社会の“今”とつながり、読者のなかに問題提起がふつふつと湧いてくる――。海堂尊さんの作品は、ストーリーのなかに、そんな核を抱いている。
前作『医学のたまご』から『医学のひよこ』『医学のつばさ』(ともにKADOKAWA)へとつながるまで、13年の月日がかかったのも、“今”、必要な物語だったからだろう。“たまご”は孵化するべき時期を知っていたのだ。
桜宮中学に通う、ごくフツーの中学生・曾根崎薫が、ひょんなことから東城大学の医学部で研究することになる『医学のたまご』は、≪中学生医学生≫の薫が、大学病院に巣食う悪に立ち向かう物語だった。
『医学のひよこ』の舞台となるのはその半年後。中学3年生になった薫が同級生の仲間たちと洞穴探検をしていたところ、正体不明の巨大なたまごを発見するところからストーリーの幕は開く。≪いのち≫と名付けたそのたまごから孵化してきたのは新種の生物。なんと本作は医療SFファンタジーなのだ。
生物番組『ヤバいぜ、ダーウィン』に心酔する生物オタクの薫、しっかり者のクラス委員・美智子、ガキ大将のヘラ沼、医学部を狙うガリ勉の三田村、同級生4人で結成された“チーム曾根崎”は≪いのち≫を大切に育てていこうと決める。だが中学生の彼らだけで、それを叶えることはできない。手を差しのべてくれた東城大学医学部付属病院の看護師、如月翔子の采配で、≪いのち≫は東城大に保護されることになる。
“生物好き”を自称する海堂さんのワクワク度が伝わってくるような“いのち”の存在は、心躍るファンタジー。けれど、もし今、本当にこんな未確認生物が現れたら、その対応は“医学的にはこうなる”というリアルに根差したものであるところが、この作品の醍醐味のひとつだ。
医学をベースにして、≪いのち≫のことを考える人たちのところに、医学をベースに考えない横暴な横やりが入る。文科省が≪いのち≫を動物実験の材料にしようと奪いにやって来る。さらに『医学のつばさ』では、“こころの移植”という壮大な陰謀も明らかになり、米国政府をも巻き込む巨大な騒動へと発展していく。
そんな騒動のなか、お馴染みの人たちも次々ストーリーに現れてくる。「ブラックペアン」シリーズ、「バチスタ」シリーズ、「極北」シリーズなどが、壮大な絵図を描く“桜宮サーガ”から、“その後”が気になっていた人たちが。たとえば「バチスタ」シリーズでお馴染みの“愚痴外来”医・田口や、ロジカルモンスター・厚労省の白鳥……。
『医学のたまご』の後に上梓された『ジーン・ワルツ』『マドンナ・ヴェルデ』では、薫の出生にまつわる物語が語られた。そして双子の妹である忍の存在も。≪ひよこ≫と≪つばさ≫では、その妹・忍が劇的な形で登場してくる。
2022年を舞台にした『医学のひよこ』『医学のつばさ』は“桜宮サーガ”のなかの未来編である。そして海堂さんは、この2作で、未来編に生きる人たちの“決着”をつけたかったという。『モルフェウスの領域』『アクアマリンの神殿』で登場した未来センターから離れられない佐々木アツシも、自身の過酷な運命に対するひとつの“決着”をつけていく。
東城大学医学部では「神経制御解剖学教室」に所属し、そこで脳の神経細胞=ニューロンの情報伝達の仕方や脳内では電気信号となって伝えられているものから得られる、ある意識体験などの指南を受ける薫。人間の体のなかで起きているそれらは、インターネットの世界ともどこか重なる。アクセスする、交信する――。大きなテーマとなる“こころの移植”とともに、ストーリーは最新の“今”が持つ、さまざまな形の“つながる”を浮き彫りにしつつ、強欲なおとなたちから≪いのち≫を守ろうとする子どもたちの果敢な姿を描いていく。
さらにコロナ禍となってから、より鮮明になってきた社会の“おかしい”に直結するものも彼らは指摘していく。“真実をありのままに報道するのが、新聞記者さんの仕事なのに、それっておかしいです”――薫たちが放っていく言葉は、今の社会が持つ病巣も示唆していく。その真っ直ぐな気持ちに胸が熱くなる。互いを思い、助け合う、子どもたちの友情にも。
『医学のたまご』では騒動の解決に対して薫のパパから助言があった。けれどこの2作では、おとなたちの“悪”や“欲”“忖度”に、自分たち主導で立ち向かう、ひとまわり大きくなった薫と仲間たちの姿を見ることができる。清々しくて力みなぎる痛快なストーリーをぜひ2作続けてたっぷりと堪能してほしい。
文=河村道子