囚われた竜王の娘の救出劇! ひとりの青年と竜族の交わりを描く中華ファンタジー!
公開日:2021/6/28
自分のためにはできなくても、誰かのためなら動ける、というのは案外よくあるもの。自分のためには買わない高価なお菓子もプレゼントになら買える、自分の用事もあったけど、つい頼まれごとに全力投球してしまった、なんて経験、誰でも一度はあるのではないだろうか。何だかんだで、人間誰かの役に立ちたいし、立てたら嬉しい。たとえそれが一国の姫を救うような大きなことだったとしても、相手を助けたいと思えば身の丈や危険性なんて頭の片隅に追いやられてしまう――かもしれない。『竜王の娘 中国幻想選』(鮫島圓/双葉社)は、そんな「助けたい」という気持ちから始まる物語。
本作品の主人公は、官吏登用試験に落ちて長安から故郷の湖南に帰る途中の青年・柳毅(りゅうき)。がっくりと肩を落とし落ち込んでいた柳毅だったが、いきなり鳥の大群に出くわして馬が暴走。気がついたら見知らぬ土地にいたのだった。そしてそこでひとりの美しい女性に出会う。
しかし彼女はボロボロの服を身に纏い、足には足枷がはめられていた。話を聞くと、どうやら彼女・靈珠(れいじゅ)は洞庭湖を治める竜王の末娘で、涇水を治める竜の第二王子と結婚したものの政略結婚だからと放置され、あげく力を封じられ人界から隠された空間に閉じ込められてしまったのだという。それを聞いた柳毅は靈珠を放っておけず、「ぼ…僕があなたを助けます!!」と約束。ここから彼は、靈珠が書いた救援の手紙を洞庭湖の竜王へ届けるという使命を得たのだった。
柳毅は靈珠に言われたとおり、竜王の住み家がある洞庭湖へと赴き南の「橘の巨木」を探す。そしてそこから本来人が立ち入ることの許されない領域へと足を踏み入れ、どうにか竜王に靈珠の悲惨な境遇を伝えることに成功。彼の命がけの行動のおかげで、靈珠は無事救出されたのだった。そして――。
この身も心も美しくまっすぐな靈珠、そして彼女を助けようと必死で竜王のもとへ向かった柳毅の運命的な出会い、そして救出劇に心打たれるのはもちろんだが、靈珠の家族のあたたかさも本作の隠れた魅力の1つ。靈珠の父親である竜王は、彼女の置かれた状況を知るやいなや、従者たちの前であることも気にせず涙を流す。
そして怒りに震え、「兵を出せ 娘を迎えに行く!!」と自身の立場を忘れ自ら助けに行くと言い出す始末。そんな竜王にツッコミを入れる側近らしき魚や共に悲しむ従者たち、そして竜王の弟まで皆が皆を信頼し合っており、靈珠のことを大切に思っている様子が雰囲気からひしひしと伝わってくる。
このあたたかい家庭で育ったからこそ、靈珠は囚われてなお心を歪めることなくまっすぐでいられたのだろう。
柳毅の思いと家族の思い、どちらもが合わさって靈珠の救出を成功へと導いた。現実ではこんなにうまく思いが繋がることばかりではないが、こうした気持ちの大切さを忘れずに生きていきたい、と改めて感じた。
この『竜王の娘 中国幻想選』には、上で紹介した「竜王の娘」のほか「龍を拾った話」「象捕り」「獺を飼う男」「鷹使い」と中国の古典をもとにした計5つの“人ならざるもの”と人が交わる物語が描かれる。すべて読みやすい短編にまとめられているので、もとの話を知らない人でも気軽に楽しめるのがありがたい。中華ファンタジーに興味のある人は、本書で中国古典の世界を覗いてみては?
文=月乃雫