「私」が一番可愛い生き方/巴奎依の社会不適号㊲

アニメ

更新日:2021/6/26

巴奎依
撮影=山口宏之

毎日がこんなに生きづらいものだったか。

私は何から逃げたいのだろう。
なんだか毎日が息苦しい。

心が大人へと成長して、以前より上手にストレスをかわすようになって、
そこからさらにストレスから逃げて、逃げて。

しかし、ノーストレスな世界には何もないことを知った。

ストレスのない世界を望んでいたけれど、ストレスのない世界はすなわち無である。

ここ最近は、ストレスさえも愛おしく思う。
たとえそれが失恋であっても、愛おしく感じると思う。

浮き沈みは、人生のメリハリだ。

このコラムを始めた頃の私はずっと、不幸について考えていたが、何故だろうか。
最近は幸せについて考えてしまっている。

私はずっと幸せになりたくなかった。
ネガティブは負をエネルギーになんでも生み出せるような気がしていたが、幸せには生産性がないんだと、幸せになってしまうと人はつまらなくなるんだと思っていた。

「幸せになりたい」と口では言いながらも、幸せではない自分が好きだった。

きっと不幸せでいるには体力が必要で、怒りや悲しみのパワーで戦う必要があるのだ。

しかし幸せになるためには、自分の幸せを脅かす可能性のあるものを排除して、切り捨てて、引き算していく。

引き算だから生産性がないような気がしていた。

そんな私が、今は幸せについて考えている。

私、巴奎依個人としては良い変化なのか悪い変化なのかは分からないが
きっと人としては、とても良い変化なんだと思う。

私を一番幸せにできるのは私自身なのだ。

ずっと他人に搾取されないように、人にいいように使われないようにと警戒をしながら生きてきたが、
今思うとそれは私の世界に人を招き入れていたことになるし、人と共存する前提の思考だったと思う。

そうではなくて、自分こそが自分の物語の主人公なんだと、自分が一番理解してあげる必要があるし、もっと大胆に自分を主軸に生きていいのだ。

「嫌なものは嫌」「気が乗らないことには付き合わない」「少しくらい嘘をついたとしても、自分を守るためなら問題ない」
そんなふうに自分第一にちょっとだけワガママに生きても、誰にもとやかく言われる筋合いなんてないのだ。

自分の中のネガティブや負の感情をコラムで文字に起こすことによって、知らなかった滞在意識を知ることができた。

自分自身こそが、この世で一番可愛い存在でいいのだ。

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「巴奎依の社会不適号」は、今回で最終回になります。
ご愛読ありがとうございました。

ともえ・けい
2012年よりA応P(アニメ“勝手に”応援プロジェクト)のメンバーとして活動をスタート。2020年8月2日に、A応Pを卒業。現在、インターFMにて毎週土曜28:30〜「DJサブカルクソ女の音楽解体新書」にてDJ番組を担当、DJCD「A応P BEST DJCD PRODUCED by DJサブカルクソ女」をリリースするなど、「DJサブカルクソ女」としても活動中。社会不適合者(自称)。

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