緊張の条件/オズワルド伊藤の『一旦書かせて頂きます』⑰

小説・エッセイ

公開日:2021/6/30

オズワルド
撮影=島本絵梨佳

 僕は誰かに対してあまり緊張するということがない。これは決してなめているとか尊敬していないからという意味ではなく、むしろ逆で、その人への興味や憧れ、またはその人に自分がどういう人間かわかって欲しいという気持ちで溢れかえっているからだと、近頃の伊藤ちゃんはにらんでいる。

 その証拠にテンションはめちゃくちゃ上がる。子供の頃から青春時代を経て今もなおTVで観続けている方々とお会い出来た時は、もはやあの頃の気持ちに引き戻されている感覚に陥る。あの頃TVで観ていたあの人に、あの頃の自分が出会っていたらきっと緊張なんてしなかったはず。そんなことよりも、どれだけ自分があなたに憧れているのかを、あなたを観て育った自分を伝えることに必死になったはず。少なくとも少年伊藤ちゃんはそんな奴だった。

 だから数々の大先輩方に初めてお目にかかれた時は、緊張なんてしてる場合じゃないと思ってしまうのかもしれない。

 ただ、初めてダウンタウンのお二人が揃われている現場にいられた時は、自分に話が振られるまでただただ見とれてしまった。あれは、あの気持ちは、恐らく現代言語では表現出来ない。全身の毛穴がパックリ開いて、ダウンタウンさんのいる空間の空気を細胞が持ち帰ろうとしていたのだけは覚えている。現代言語ではこれくらいのキモさをまとわないとあの時の気持ちは表現出来ないのである。

 ではなにが起きても全く緊張しないのかと言われたらそんなことはない。
 普段しない分、突如訪れる緊張という感情に心臓をこねくり回された経験は山ほどある。
 そんな中で僕は、自分の中の緊張する時の条件がいくつかあることに気づいた。
 これらの条件に1つでも当てはまった場合、僕の心拍数は普段とは比べものにならないくらいのスピードで脈打ち、可能なら早く家帰って寝たいくらいまで追い込まれる。

 その条件の1つ目は順位が絡んだ時。いわゆる勝負事である。
 現状断トツの生き甲斐であるM-1グランプリしかり、間近に控えたABCお笑いグランプリ、量こそ比べものにはならないがもっと小さいとこで言えば、じゃんけんや合コンでの、今んとこ良いと思う人指さそう俺たち目つむってるから、みたいなことまで。
 あの瞬間は無条件でヒリヒリするもので、そのヒリヒリのことを僕は緊張と呼んでいる。

 2つ目の条件は命に関わる行動を起こす時。いわゆる車線変更とか赤ちゃんを抱っこした時である。
 車線変更ってめっちゃ怖くない? 同時にするコマンド、格ゲー(格闘ゲーム)の超必(超必殺技)出す時くらい多くない? 車線変更無事完了した時と、覇王丸(真サムライスピリッツ)の天覇封神斬(超かっこいい)出た時の労力、同じじゃない? まじ車線変更緊張するんですけど。
 赤ちゃん抱っこするのもめっちゃドキドキする。
 友達の赤ちゃん抱っこした時の命抱いてる感半端じゃなくない? 絶対落とせないんだよ? 卒論よりだよ? まじ本気出して抱くよね、そんなもん。

 そして3つ目の条件は女の子に告白する時。いわゆる女の子に告白する時である。
 あれねえなんだろうね、もう。人類に等しく共通している緊張だよね。
 俺なんてね、あれだよ? 高校の時、刑務所の裏にある公園に過去7回告白して全フラれしてた女の子呼び出して、8回目の告白してる最中に警察に補導されて、職質受けて警察がいなくなったあと告白の続き始めるくらい緊張してたよ? なんでいけると思ったんだろうね。あの子はOKともごめんなさいとも言わずに「お前すごいな!」って言ってたよ。それに対してオイラなんて答えたと思う? 「それはどっち?」だよ? 正気の沙汰じゃないよね。何年か経ってその子が結婚して子供産まれるってなった時、水天宮まで安産の御守り買いに行ったのも今となっちゃあいい思い出だよ。あっ、ごめんねなんかおじさんの昔話に付き合わしちゃって。ちょっと涙拭くから待っててね。

 以上が僕が緊張する瞬間トップ3。
 緊張なんてのは悔しいとか悲しいとか辛いとかと並んで、邪魔で仕方ないと思えるが、神様がねじ込んだこの感情はきっと必要なものなのだろうと思う。だってなんてったって記憶にこびりつく場面には緊張が伴うことが多かったし。
 だから緊張してるなと思ったら、後でより鮮明に綺麗に記憶の中の絵として残す為の材料だと、そんな風に思うのもありなんじゃないだろうか。

 一旦辞めさせて頂きます。

オズワルド 伊藤俊介(いとうしゅんすけ)
1989年生まれ。千葉県出身。2014年11月、畠中悠とオズワルドを結成。M-1グランプリ2019、2020、2021ファイナリスト。