ほとんど報道されない禁忌の世界をマンガで知る――刑務官が明かす、知られざる「死刑」の裏側とは

マンガ

公開日:2021/6/30

刑務官が明かす死刑の話
『刑務官が明かす死刑の話』(一之瀬はち/竹書房)

 世界では死刑を廃止する国も多い中、日本では維持されている。しかし我々がその実態を知ることはほとんどなく、法務大臣による執行の報告がわずかにニュースで取り上げられる程度だ。それにはさまざまな理由があるのだろうが、制度が存在する国の民としては、多少なりとも「何が行なわれているのか」を知っておくべきではないか。『刑務官が明かす死刑の話』(一之瀬はち/竹書房)は、死刑がどこで、どのように執行されているかなど、我々が知りえなかった事実を漫画で分かりやすく教えてくれる。

 まず基礎知識として、死刑は一体どこで執行されているのか。「刑務所」と考える向きも多いと思うが、実は「拘置所」なのである。刑務所と拘置所の違いがよく分からない人のために解説すると、拘置所というのは刑が確定していない「未決囚」が入る施設で、つまりは刑を待つ場所。一方で刑務所は有期刑および無期刑の確定した「受刑者」が入る施設で、刑を受ける場所だ。「死刑囚」は死刑が確定したあと、刑を待つ状態となるので拘置所に入るのである。ちなみに死刑設備が置かれているのは全国の拘置所のうち7箇所のみであり、その詳しい場所は公開されていない。これは近隣住民の心情に配慮していることと、死刑囚奪還などに対する防犯上の理由からだという。

 次に、誰が死刑を執行するのか。直接的な意味でいえば、それは「刑務官」だ。本書でさまざまなことを教えてくれるマトバ氏も、死刑に立ち会った経験を持つ刑務官である。執行命令を下すのは法務大臣だが、実行するのは刑務官の仕事。日本の死刑は「絞首刑」なので、選ばれた3~5人の刑務官は刑場の床を抜くボタンを押すことになる。執行の指名を受けるのは当日の朝で、その命令は「絶対に」断れないという。複数人なのは、誰が「床を抜いた」ボタンを押したのか分からなくするため。刑務官の心理的負担を軽減する目的だ。

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 では刑務官以外に、死刑に関わる人々はどのくらいいるのか。まずは「医者」である。拘置所や刑務所に勤務する医者は外部の病院から派遣される「通い」と、常勤の「刑務医官」の2種類がある。死刑に立ち会う医師は、死刑囚の死亡確認や死亡診断書を作成する重要な仕事を受け持つ。そして「検察官」も死刑に立ち会う。彼らは被告人に死刑を求刑した当事者であり、その最期を見届けるためだ。さらに「教誨師(きょうかいし)」と呼ばれる宗教者も死刑に呼ばれる。彼らは刑務所や拘置所で、受刑者たちの悩みを聞いたりする「宗教教誨」という心のケアを担当。死刑当日は死刑囚に最期の「教誨」を行ない、刑場の前室で死刑終了まで祈りを捧げるのだという。いずれにしても死刑に関わる人々の精神的負担は尋常でなく、それが原因で仕事を辞める者も少なくないのだそうだ。

 少し話は変わるが、コロナ禍において拘置所や刑務所はどう対応していたのか。実は受刑者や死刑囚に対し、マスクや消毒液は基本的に支給されないという。理由はマスクをすると受刑者たちの細かい表情が見えなくなることと、マスクの紐や不織布が自殺の道具になりかねないため。消毒液も可燃性があり飲んだりすると危険だからだ。一部にはマスクを配布している刑務所もあるが、管理は徹底しているという。外部との接触が許されない刑務所や拘置所での感染者発生は基本的に刑務官が原因と考えられるので、彼らは人一倍、感染症対策に気を配らねばならないのだ。

 かつて私は大学で法律学科に在籍していたが、そのとき刑法を学んでいた友人が死刑の議論の際、教授に対し「先生のは子供の論理だ!」と反論したことがある。私は友人の胆力に敬意を覚えたが、同時に死刑というものが非常にセンシティブな事案だとも感じた。ともすれば感情論になりがちな話だけに、報道が軽々にそれを扱わないのは理解できる。それでも関係者の精神的な重圧を考えれば、何がどのように行なわれているのか、正しく知っておくことは大事なのではと思えるのである。

文=木谷誠