「人を食い物にして」生活する家族!? 福満しげゆきが描くちょっと不条理な世界
更新日:2021/7/6
初めて手に取った福満しげゆきさんの作品は、『僕の小規模な失敗』だった。マンガ家を目指す著者の葛藤や苦悩が淡々と描かれており、決して明るくて楽しい雰囲気の作風ではなかったものののめり込んでしまったのを覚えている。その後、妻との生活を中心に描いた『僕の小規模な生活』『うちの妻ってどうでしょう?』『妻に恋する66の方法』にもハマり、頑張っているのになかなかうまくいかない“僕”と、ときに激昂しながらも夫を支える“妻”の日常を応援するようになった。これらの作品の印象が強いため、福満さんにはコミックエッセイ作家というイメージがつきまとう。しかし、新作を読み、福満さんの“マンガ家”としての面白さを再認識するに至った。
『ひとくい家族』(双葉社)。なにやら不穏さが漂うタイトルが、福満さんの最新作だ。
本作の主人公は、女子中学生の凛子。彼女の家はとても貧乏で、とあるものを主食にせざるを得ない状況だった。それは――人の肉である。
「ごはんよー」という母親の呑気な掛け声とともに食卓に並べられるのは、人の手のひらをカラッと揚げたもの。曰く、「鳥の手羽先みたいなイメージ」とのこと。おいおいおいとツッコみたくなるものの、凛子は一口。どうやらとても美味しいらしい(弟も満足そうに食べている)。
“食材”になるのは、悪人の肉のみ。そこは分別をつけていて、誰彼構わず襲うようなことはしていない。しかも、父親に言わせると、「悪人の肉が美味しい」そうだ。ふむふむ、なるほど……とはならないけれど!
作中では人の肉を食べるようになった経緯も丁寧に描かれる。借金を背負い、どうしようもなくなったときに、たまたま口にしたのが、暴力団員の肉だった。それが驚くほど美味しかったため、父親は“世直し”も兼ねて悪人を狩るようになる。そして気づけば、育ち盛りの凛子の主食になっていたというわけだ。
ともに暮らす母親も弟も、祖父も、誰もが疑問を抱いていない。けれど、凛子は思春期真っ盛り。他人の目が気になるお年頃だ。母親が作ってくれるお弁当にも人の肉が入っているため、お昼休みになると人気のない場所で弁当箱を開く。なんて健気なのだろうか。しかし、そんな努力も虚しく、凛子に近寄る人物がいる。同級生の男子だ。どうしようもなくなった凛子は、彼に悩みを打ち明ける。「うち、人の肉を食べているの」と……。
物語が大きく動き出しそうな予感をたたえ、第1巻は終わる。ただし、福満さんのマンガは非常に静かに、まるで凪いだ海のように進行するのが特徴だ。「人の肉を食べる」という強烈な設定を用いていても、このまま大きな事件も起こらず、どこかあっけらかんとした登場人物たちがワチャワチャやって終わる可能性も否めない。でも、それでも良いと思う。むしろそれこそが福満さんの持ち味だろう。
描き方によってはセンセーショナルになる題材を使い、ここまでシュールで平和な空気を醸し出す福満さん。その世界観は唯一無二。他の誰にも真似できないだろう。
文=五十嵐 大