子どもたちを野球世界2位に導いた仁志敏久が伝える、「自ら考える人材を育てる方法」

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更新日:2021/9/15

指導力 才能を伸ばす「伝え方」「接し方」
『指導力 才能を伸ばす「伝え方」「接し方」』(仁志敏久/PHP研究所)

 子どもや部下に教える立場になる30代~40代で、なおかつ野球ファンならば、仁志敏久による「子どもや部下に向き合う指導者のための教科書」にきっと興味を惹かれることだろう。著者の仁志敏久氏は、プロ野球の読売ジャイアンツや横浜ベイスターズなどで活躍した、名内野手である。引退後は野球解説のほか、侍ジャパンの内野守備・走塁コーチ、12歳以下の日本代表である「U-12」の代表監督、また2020年11月からは横浜DeNAベイスターズの2軍監督に就任するなど、指導者として活躍している。

 この『指導力 才能を伸ばす「伝え方」「接し方」』(仁志敏久/PHP研究所)は、そんな仁志氏が、指導者としての実体験や筑波大学大学院などで学んだコーチングの理論をふまえて、指導を説いた本だ。中でも、2019年に準優勝という実績をあげたU-12日本代表監督としての経験が、多く盛り込まれている。子どもたちを世界2位に導いた経験に基づく「子どもの自立の促し方」や、指導者としての心構え、コミュニケーションの方法、チームのまとめ方が具体的なエピソードとともに解説されているが、スポーツに打ち込む子どもだけでなく、日々自分の子どもや、若手社員に向き合う大人の胸に響く言葉であふれている。

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 具体的な内容としては、「答えをすぐに伝えるのではなく自分で考えさせる」「子どもをひとりの人間として尊重する」「根拠のないきつい練習はやらせる側の満足で終わる」など、当然そうであるとわかってはいても、現実では年長者がなかなか実践することができない考え方も多い。だが、すべてに理論と経験に基づいた明快な根拠があるがゆえに、ひとつひとつの説得力が重い。野球関連のエピソードが多いため、野球のルールを知っていることでより理解度が増す側面もあるが、生活面の指導や若年層とのコミュニケーションに関わるノウハウも豊富で、野球ファンではなくても学びが得られる。

 一方で、野球のフォームに出る独特のクセをどう考えるかという「個性と悪癖は紙一重」というテーマなど、スポーツと生活や仕事の指導には共通点が多いことにも気付く。フォームにはある程度決まった型があるが、独特のクセがあるからといって安易にフォームを矯正するのは良くない、と著者は語る。一流アスリートは、自分の身体の特徴に合った、効率よく力を発揮するための独特の動きを持っていることが多いのだという。子どもや部下の型にはまらない行動やクセを、人と違うからといってすぐに正そうとするのではなく、個性を活かして伸びるためのクセなのかもしれないと立ち止まるべきだ、と気付かされる。

 さらに、本書のわかりやすい語り口にも驚かされる。仁志氏によると、指導者の中には、現役時代に自分が身につけた感覚がすべてだと思い込み、感覚で伝えるのみで言葉の具体性に欠ける人もいるという。どんなに素晴らしい理論を知っていても、相手に伝わらなければ意味がない、とも語る。仁志氏は練習ではこれでどこがどう鍛えられるのかという認識を選手とともに持つことや、子どもになぜそのプレーをしたのかを言葉にさせるなど、指導において常に言葉と向き合ってきた。だからこそ、子どもには「感じ」というクッション言葉が効くという指導法も説得力がある。「ライナーを打て」ではなく、「ライナーを打つような感じで」など、「感じ」を使うことで、まずはイメージをしてもらう、できる/できないの白黒をつけず、だいたい再現できればいいというリラックスした気持ちになれる、などの効果があるそうだ。改めて、子どもや若年層と接する上での言葉の重要さがよくわかる。

 著者はまだ自らも指導者として発展途上であるとし、指導者には、常に学ぶ姿勢も欠かせないと言う。その背景には、指導は選手や子どもたちの人生に関わり、さらに次の世代にも受け継がれていくという責任感がある。選手の未来を思う気持ちと理論に基づいた深い考察に満ちた、熱くスマートな1冊だ。

文=川辺美希