「今月のプラチナ本」は、金原ひとみ『アンソーシャルディスタンス』

今月のプラチナ本

公開日:2021/7/6

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『アンソーシャルディスタンス』

●あらすじ●

心を病んだ恋人を支えながら、自らもアルコールに溺れていく「ストロングゼロ」。11歳年下の後輩と交際することになり、老化への恐怖から整形を繰り返す「デバッガー」。不倫がやめられず、相手の男たちの精神状態に翻弄される「コンスキエンティア」。生きる希望となっていたバンドのライブがパンデミックで中止になり、心中の旅に出た恋人たちを綴った「アンソーシャル ディスタンス」。コロナに対する価値観の違いから恋人との間に溝が生まれ、孤独の中に墜ちていく「テクノブレイク」など、コロナ禍前後の男女関係や「生きる」ことについて描いた5作品を収める短編集。

かねはら・ひとみ●1983年生まれ。『蛇にピアス』(集英社文庫)で第27回すばる文学賞、第130回芥川龍之介賞を受賞。『トリップ・トラップ』(角川文庫)で第27回織田作之助賞、『マザーズ』(新潮文庫)で第22回Bunkamuraドゥマゴ文学賞、『アタラクシア』(集英社)で第5回渡辺淳一文学賞など受賞作多数。他の著書に『アッシュベイビー』(集英社文庫)『AMEBIC』(集英社文庫)『ハイドラ』(新潮文庫)『マリアージュ・マリアージュ』(新潮文庫)『持たざる者』(集英社文庫)『軽薄』(新潮文庫)『クラウドガール』(朝日文庫)『パリの砂漠、東京の蜃気楼』(集英社)など。

『アンソーシャルディスタンス』

金原ひとみ
新潮社 1870円(税込)
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

 

ディスタンス最高!と知った人類は

コロナ禍においては人との接触が忌避され、自室にこもり動画とテキストでのみ世界とつながることが推奨される。そしてディスタンス最高!と人類は知ってしまった。かつて人と人は愛し合うことを求められたが、それは幻だと知った。「私の好きな彼は失われた」「私は一体、誰と恋愛していたのだろう」「人の中には、心と体とそれ以外にブラックホールのようなものがあるのだろうか」。本編のラスト1ページ、人類はオナニーマシンとともに完璧な孤独を――新たな世界を勝ち取った。

関口靖彦 本誌編集長。冒頭の「ストロングゼロ」で戦慄。自分も、泥酔→気絶して眠る→二日酔い→日が暮れるとまた泥酔の無限ループ。人生の記憶がない。

 

いろんな過剰が詰まってる

メイクをする描写が好きで読み返してしまう「コンスキエンティア」。夫、不倫相手、友人の弟、仕事先で知り合った男……。関係する男がどんどん増えていくのに、満たされない茜音。そんな茜音のメイクは満たされない思いとは裏腹に完璧。プロの技。研究を重ね、新しいものを取り入れ、仕事としても順調で。意識的にか無意識にか、丁寧にメイクをすることで、他者とのバランスを取っているのかなぁと思わされる。その時間は、自分の顔とだけ向き合っていられるのだから。

鎌野静華 ノートPCを持ち運ぶためリュックサックを購入。1年ほど手提げで頑張っていたのですが、重すぎてギブアップ。似合わないけどしょうがない!

 

交わりたいけど、交わりたくない

読むたびに手首の血管がじんじんとした。仕事中でも酒を飲み続けるミナも(ストロングゼロ)、自慰にふける芽衣も(テクノブレイク)、ぶっ飛んでいると笑いながら切り離すことができればどれだけ楽だろう。抱くのは嫌悪感ではなく、不安感だ。肉体と精神を切り分けて治癒を目指し、安全に得られる快楽がある日常。では文字だけで内に流れる血液にその存在を主張させるこの小説は、一体なんなのだろうか。汚ければ汚いほどいい、とはまだ思えない。そんな読者の胸に突き刺したい一冊。

川戸崇央 櫻井孝宏さん連載が15回目の節目を迎えたと思ったら、北尾トロさん連載はなんと160回目! 担当させて頂いてはや10年。まだまだ元気でがんばります。

 

今日を生き延びるために

テレワークが進んだ昨年くらいから私狂ってきてるなあ、逆に冷静なのかと感じていて、そうやって思考停止してきた最中に本書を読んでしまったためか、どっぷり共感してしまった。どうしたいのか、何をしたいのか、何が幸せなのかわからず逃げては、暴走する物語の主人公たち。逃げる様子は痛々しいけど、いまを生き延びることに必死なんだと伝わる。「デバッガー」のこの言葉が胸に刺さった。〈まるで氷風呂と熱湯風呂を行き来しているようだ〉。この地獄からいつ抜けられるんだろう。

村井有紀子 BTOBに近頃夢中な私、字幕を読めるようになりたい、とハングルを勉強し始めました。ただの記号だった文字が読めるようになってきて感動!

 

ああこれは見知った地獄

30過ぎの女としては突っ伏したくなるほどリアルもリアル。顔面のバグを修正しようと試みてより大きなバグを引き起こして絶望するとか、ええ、やりますね。彼女たちの地獄は、まぎれもなく私の、いや私たちの地獄。よくぞ書いてくださったと何だか報われる思い。健全さとは逆方向へ疾走する彼女たちは、破滅的に美しくって、健全であろうとするこちらの心を扇情的にゆさぶってくる。「リップの形を確認するため形式的に微笑む女。訳も分からず、彼女は準備万端である」。

西條弓子 女と家族特集の内容が素晴らしすぎて、乱れた情緒をととのえるべくサウナを訪れるも例のアレで臨時休業―どうなる次号!?(ないです)

 

自らの深淵をのぞき込む

5つの作品からなる本書では、さまざまな孤独や絶望を抱えて生きる人々が登場する。お酒に溺れる女性編集者、パンデミックによって生きる希望だったバンドのライブが中止になり心中を決めたカップル、コロナウイルスを恐れ恋人との接触を断ち孤独を深める女性……。彼女たちの姿を痛々しく思いながらも、どこか身に覚えのある孤独や絶望に、自らの深淵をのぞき込む感覚がして苦しくなる。臓腑を抉り出されるような痛みを伴いながら、それでも読み進めずにはいられない一冊。

前田 萌 帰宅すると愛犬が玄関までお迎えにきてくれるようになりました。出迎えられるというのは嬉しいものですね。どんなに疲れていても癒やされます。

 

グサグサと刺される読み心地はもはや快感

なんて、鋭利な短編集なのだろう。収められているのは表題作「アンソーシャル ディスタンス」を含む計5作品。どれもこれも、パンチがあって殺傷能力抜群。勿論心穏やかには読めないが、このナイフのような読み心地を、なんだか最近ずっと求めていた気がした。息詰まるようなこの世の中で、綺麗なだけではとても生きていけない。汚くて醜い部分を、そこにある一つ一つの生々しい叫びを隠すことなく照射するような本作に、何故か救われホッとしたのはきっと私だけじゃないはず。

井上佳那子 今月でダ・ヴィンチ編集部を卒業。沢山の出会いに恵まれた1年間を経て、これからは読者として読めるのが楽しみです。ありがとうございました!

 

「わかる」と「つらい」が交互に襲いかかる

他人から見た自分の顔と、自分の瞳で見る顔は結構違う。「デバッガー」を読んでいる最中に、ふと思い出した言葉だ。他人の視点を意識すると、それまで全く気にならなかった自分のパーツに関心が行き、まるで自分が「足りないものだらけの人間」のような心地になる。そんな思いを一度でも経験した人には、この物語は共感だけでは収まらない。読み進めると、数多のガラスに突き刺されるような感覚を覚える。心の中で「痛い、痛い」と声をあげながらも、ページをめくる手が止まらない。

細田まりえ ミントグリーン×ゴールドの配色が大好きなので、本書の表紙と帯のバランスに惹かれた。上品な装丁の中に刺激的な文章が閉じ込められています。

 

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