アニメでは描かれなかった後藤さんや三島たちの成長。『ひげを剃る。そして女子高生を拾う。』を原作小説でさらに深く楽しむ!

文芸・カルチャー

公開日:2021/7/5

ひげを剃る。そして女子高生を拾う。5
『ひげを剃る。そして女子高生を拾う。5』(しめさば/KADOKAWA)

 テレビアニメ『ひげを剃る。そして女子高生を拾う。』が最終回を迎えた。この「ひげひろ」は、IT企業で働く真面目なサラリーマン・吉田と、男の家を泊まり歩く家出女子高生の沙優が、奇妙な同居生活を始めるというストーリー。原作の最終5巻が6月に発売され、ふたりの物語はアニメとほぼ同時に完結した。

 アニメは、主に吉田と沙優の関係にスポットを当て、原作の最終巻の内容までを見事に描き切った。物語の結末までアニメ化できないライトノベルが大半を占めるなか、「ひげひろ」という作品にとって良い選択だったのではないだろうか。“家出少女”をテーマとして扱っている以上、やはり沙優がその原因と向き合う終盤の展開は心にくるものがあった。

 感動の結末を見届けた視聴者は、「あーおもしろかった」とすでに満足しているかもしれない。でも、それでも、これが「ひげひろ」の“すべて”ではない。筆者は、アニメで作品に出会った方たちに、もっとこの世界を生きるキャラクターたちの魅力を知ってほしい。その一心で、原作『ひげを剃る。そして女子高生を拾う。』(しめさば/KADOKAWA)をおすすめする。

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 原作とアニメの最大の違いは何か――。どちらも、吉田と沙優の共同生活を描くという点では変わらない。だが、原作は沙優以外のヒロインたちのエピソードや、心理描写がたっぷり詰まっている。アニメは基本的に吉田視点で物語が進んでいくが、原作には各ヒロインの一人称で書かれたパートが頻繁に挿入され、彼女たちの気持ちがストレートに伝わってくる。吉田の憧れの先輩・後藤さんは、あの言動の裏にどんな想いを秘めているのか。仕事ができない(フリをしている)後輩の三島は、なぜあんなことをしているのか……。

 筆者の“推し”は、吉田の後輩・三島柚葉だ。アニメの序盤で、仕事の出来が悪く吉田に怒られているが、彼女の行動には理由がある。三島は、「女子社員はできない方が可愛いがられる」と感じ、会社でうまくやるためにわざと手を抜いていた。しかし、吉田はそんな彼女を甘やかさない。会社で人を怒るにはエネルギーが必要なのに、吉田は手間と気力を惜しまず三島を育てようとする。そんな吉田の態度に、三島も変化し惹かれていく。

 できないフリをしていた三島は、本当はかしこくて、他人の気持ちがよくわかる。だが、それゆえに不器用で、だからこそ愛おしい。アニメでは吉田や沙優の悩みの本質をつき、ふたりの関係を焚きつける役回りだ。しかし、三島もまた吉田に恋をしている。しかも、ただの後輩としか見られていないことも自覚している。彼女は自分が傷つくとわかっていて、それでもふたりが間違えないようにおせっかいを焼くのだ。

「ひげひろ」は、吉田と沙優の話であるだけでなく、三島や後藤さん、それからアニメでは写真だけ登場していた元カノ・神田先輩などのヒロインたちが、彼との出会い(あるいは彼と再会して)成長する物語という側面を持っている。結末まで一直線のアニメと、ヒロインたちの描写で横の広がりを見せる原作。すばらしい補完関係から、改めて「ひげひろ」の世界を堪能してほしい。

文=中川凌
@ryo_nakagawa_7