「書いている私自身も“怖っ!!”となった」クライマックスのはずが、“ここからが本当のスタート”という展開に…!? 『琥珀の夏』辻村深月さんインタビュー
公開日:2021/7/13
まだまだ進化するのだ、この人は。2018年本屋大賞を受賞した『かがみの孤城』やドラマ化&実写映画化された『朝が来る』などを代表作に持つ辻村深月が、2年3カ月ぶりとなる新作長編『琥珀の夏』を発表した。琥珀とは、樹脂が化石になることでできあがった黄金色の宝石のこと。その中には不純物が──映画『ジュラシック・パーク』では恐竜の血が──閉じ込められている場合がある。本作において閉じ込められているのは、主人公が小学生だった頃の、夏の記憶だ。30年後、その記憶の扉が開く。
(取材・文=吉田大助 撮影=山口宏之)
「これまでは“子供を書くか、大人を書くか”と、作品ごとにどちらか決めたうえで小説を書いていました。でも、デビューから17年いろいろな小説を書いてきたことで、子供の時間と大人の時間は地続きなんだなとつくづく思い知ったんですね。その感覚を大切にしたものを今回、書いてみたかった。子供たちのことをめいっぱい書きつつ、その子供たちが大人になった姿もめいっぱい書く。大人の主人公が子供だった頃の過去を見つめ直すのはどうかなと想像を膨らませていくうちに、大人にとって子供時代の記憶がどれほど曖昧で、恣意的に整理されているのか。記憶をテーマにできるんじゃないかと思うようになりました」
現在パートに足場を築きながら、要所要所で過去パートが挿入される。こう記すといわゆる「『スタンド・バイ・ミー』形式」と言えなくもないのだが、ストーリー展開に定型感はまるでない。現在と過去とを繋ぐ記憶の扉の位置が独特で、その鍵の開け方も毎回異なるからだ。
「特殊な構成になったな、と自分でも感じています。この小説はもともと新聞連載だったんですが、リアルタイムで読んでくださった方から、“最初の方を読んでいた時にこうなるのかなって想像したものと、全然違う話だった”という感想をいただくことも多かった。これがもしど真ん中の本格ミステリーであれば、全体のページ数で言うと半分ちょっと手前、第5章の現在パートから始めてもおかしくなかったと思うんです。そのほうが構成的には綺麗でしたが、この小説はこの構成でしか書けなかった。このいびつさの中に、自分の書きたいことや書くべきことがたくさん眠っていたんです」
子供だからって感覚や思考が狭いとは限らない
「骨は登場人物たちが忘れていた記憶を呼び覚ます存在であると同時に、ミステリーにおける謎です。謎への興味で引っ張られながら読み進めるうちに、今の世の中で起きていることを知っていく。社会派ミステリーと呼ばれる作品に教えてもらってきたことが、今回は特に盛り込まれているかもしれません」
プロローグで描かれるのは、弁護士の近藤法子が〈ミライの学校〉という団体の事務所を訪れる姿だ。静岡県にあった団体の施設の跡地で、女児の白骨死体が発見された。
「遺体が自分の孫かもしれない」
という依頼人の相談を受け、真相究明のために訪れたのだ。団体の女性との短いやり取りの後、法子はかつて自身がその施設で過ごした夏の日々を思い出す。〈見つかったのは、ミカちゃんなんじゃないか。私も、あの夏、あそこにいた〉。続く第一章は、小学校進学を来年に控えたミカへと視点が移る。ある日、ミカは父母の意向で強制的に〈ミライの学校〉での共同生活を始めることとなった。そこにいたのは先生と呼ばれる大人たちと、自分と同じように親元から離れて暮らす子供たち。木造の「学び舎」、森の奥にある「泉」、先生との哲学的な「問答」……。
「未就学児の一人称を書くのは初めてだったんですが、書き方はこれまでと特に変えませんでした。カメラをミカの内側に沈めて、彼女が見たり感じていることをそのまま書く。大人の自分が言葉の“翻訳”はするけれども、子供だからって世界に対する感覚や思考が狭いとは限らないと思うんです」
第二章はプロローグで登場した法子が、小学4年生だった頃の視点で進んでいく。彼女は一般家庭で暮らしていたが、友人に誘われてこの夏休み、1週間だけ〈ミライの学校〉の合宿に参加することとなった。そこで出会ったのが、ミカだった。
「突然ここで暮らせと連れてこられて、それ以降はずっと内部で育ってきたミカと、夏の1週間だけ外部からやってきた法子。立場が違う同い年の2人の視点から始めることで、〈ミライの学校〉はどんな所なのかということを丁寧に描きたかった」
世間から〈ミライの学校〉は「カルト」とみなされているが……。
「子供の面倒を共同体全体が見るシステムって、歴史の中でたくさん生まれています。共通の理念や思想を持った大人たちが集まった集団、と聞くと今はカルトと捉えられてしまいがちですが、読んでいくうち違う側面も感じてもらえたらな、と」
そう感じられるようになったからこそ、願うのだ。30年後に施設で見つかった骨は、ミカのものであってほしくない。法子が大人になったミカと再会してほしい、と……。特別な絆で結ばれた「女ふたり」の関係性もまた、辻村深月が書き続けてきたものだ。それが、真新しい輝きを帯びてここに現れている。
現実にはできないこと、やれなかったことを
物語はやがて、現在パートに移行する。〈ノリコちゃんへ ずっとトモダチ☆ ミカ〉─とうの昔に忘れられた記憶が法子の背筋を凍りつかせたところで、骨を巡る謎が「誰?」から「何故?」へと移行する。そしてページ数が残り3分の1を切ったところで、なんと「ジャンル」自体がガラッと変わる。
「後半部はほとんど何も決めずに書き進めていったんですが、唯一最初から書こうと決めていたのは、第6章に出てくるあるセリフです。書いている私自身も“怖っ!!”となったので、読んでいただければすぐわかるはずです(笑)。実は、その場面がこの物語のクライマックスになるかもしれないなと思っていたんですよ。でも、実際に書いてみたら“ああ、ここから本当のスタートなんだ”と気がつきました」
作品世界や登場人物たちの心理に深く深く潜っていったからこそ、そこで新たなる扉が開いたのだ。
「本格ミステリーでありたいと背伸びしていた頃の私が書いていたら、登場人物たちは記憶を完全に覚えている状態にしたり、この人が忘れているものはこれで忘れていないことはこれ、という情報をきっちり明示していたと思うんです。でも、記憶ってごく私的なものだし、人それぞれに覚えているものと忘れているもののグラデーションは違う。ミステリーとしては邪道かもしれないけれど、人間の生の営みを大事にするというか、記憶というもののあやふやな性質を意識することで、新たな視野が開けた感覚があります」
読んでいる最中は驚きと興奮で揺さぶられ続けるが、読み終えてみると、この構成以外あり得なかった、と納得できる。この構成だからこそ、このラストに辿り着けたのだ。
「友達を記憶の奥底に沈めてしまった負い目を持っていたり、あるいは美化した状態で琥珀に閉じ込めていたりすることって、生きていれば誰にだってあることですよね。そういった過去と向き合って繋がり直すことは、ものすごく勇気がいる。現実にはできないかもしれないこと、やりたいけれどやれなかったことを、小説を通じて体験してみる。そうすることで、自分自身の過去にも手を伸ばしてみるきっかけになるんじゃないかなと思うんです」
辻村深月
つじむら・みづき●1980年、山梨県生まれ。2004年、『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。11年に『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、12年に『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞を受賞。18年、『かがみの孤城』で第15回本屋大賞を受賞。近著は19年3月刊の『傲慢と善良』。10月にミステリー&ホラー長編『闇祓(やみはら)』も刊行予定。