「熱狂」を生み出すヤッホーブルーイングの戦略とは? クラフトビールシェアNo.1会社のファンマネージメント

ビジネス

更新日:2021/7/28

18年連続増収を導いたヤッホーとファンたちとの全仕事
『18年連続増収を導いたヤッホーとファンたちとの全仕事』(佐藤潤/日経BP)

 コロナ禍でますます重要度を増したオンライン・マーケティングとファンベースマーケティングを基軸に、18年連続増収を成し遂げている会社が軽井沢にある。1997年創業の老舗クラフトビールメーカー、株式会社ヤッホーブルーイングだ。フラッグシップ製品の「よなよなエール」は従来一般的だった大手ビールメーカーのラガースタイルとは一線を画する芳醇な香りを持つエールスタイルで、クラフトビールでありながらも、スーパーやコンビニなど様々な場所で手に入れることができる。『18年連続増収を導いたヤッホーとファンたちとの全仕事』(佐藤潤/日経BP)には、コロナ禍でもオンラインイベントで約1万人を動員できるような施策が、オンライン・オフライン問わず様々な仕掛けやイベントを打ち出してきたファンベースマーケティング部門長の佐藤潤さんによって惜しげもなく共有されている。

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 結論から言うと、ヤッホーブルーイングはコロナ禍前から、劇的な環境変化を共に戦い抜く熱狂的なファンを獲得することに全力を尽くしていた。コロナ禍では「応援消費」として、ファンたちが収益を支える動きをしたのだ。都内に8店舗展開されているビアレストラン「よなよなビアワークス」は苦戦を強いられたものの、2021年第1四半期(2020年12月~2021年2月)のスーパー・コンビニ・通販事業の売上は前年比143%になったという。

もちろん家飲み需要の急増に支えられた部分もありますが、やはりファンによる支えがあったからだと私たちは思っています。普段からファンのみなさんとの関係性を築けていたからこそ、「こんな時代だし、今夜はよなよなエールでちょっとだけぜいたくしよう」「いい機会だから今夜はよなよなエールを飲んでみよう」という気持ちになり、買っていただけたのだと思います。

 アメリカで1990年代からマイクロブリュワリー(小さな醸造所)やクラフトビールがブームとなり、日本でも2010年代に入ってから認知度が急速に高まっていった。しかし、近年ではあえてアルコールを飲まない「ソバーキュリアス」というスタイルが紹介されるほどに「アルコール離れ」が加速し、ビール業界は苦戦を強いられてきた。特に、ミレニアル世代は「ビールは自分たちの飲み物ではない」と感じていることを、ヤッホーブルーイング社も市場調査から痛感していた。

 共通の課題を感じていたローソンからの依頼で、限定クラフトビール「僕ビール君ビール」が開発された。全国津々浦々のファンがパッケージを飾るカエルのキャラクターと購入した店舗をセットで撮った写真をアップして、ビールが様々な場所で「捕獲」されていき、新商品発売の祝賀ムードにファンが皆で浸ることができるという遊び要素満載のSNSマーケティングを通して、既存顧客の増強と若年層の新規顧客創出に成功したという。比較的低予算でもしっかりと成果が出るマーケティングが適切かつ持続的に行われるのは、ヤッホーブルーイングが「ビールを中心にしたエンタメ事業」を目指しているとしっかり自覚しているからだ。

「超宴」といういわゆるオフ会は、2010年に数十人規模でスタートしたが、2016年には1000枚のチケットが即完売するまでに成長した。特徴的なのは、「超宴」は収益化を目的としていない点だ。たとえば、2018年に屋外開催して5000人を動員した回は、数千万円の赤字だったという。

もちろん企業なので、持続的に成長するには売り上げは大切です。しかしヤッホーは、決してKGI(Key Goal Indicator)に売り上げを設定するようなことはしません。あくまでもKGIはファンのみなさんの熱狂度。売り上げはその先にあるもの、すなわち後から付いてくるものだと考えています。

 5段階のアンケートがあるとするならば、ヤッホーブルーイングは「非常に良かった」に特化して着目し、「まあまあ良かった」のポテンシャルについては無視するわけではないが、かなり後回しで考えるのだという。実際、「熱狂」を持つ購入金額上位11%の顧客が65%の売り上げを支えており、熱狂を冷まさないためにイベントが活用されている。

 その中には、株主総会さながらに経営情報までをも顧客に共有するノンアルコールのイベント「よなよなこれから会議」というものまである。ビールの勉強やビール業界の今後を議論する、極めてマジメな催しだ。ビールを売っている会社がノンアルコールのイベントを開催するというのは一見風変わりだが、企業風土を伝えればビールの味をもっと豊かに感じてもらえるというのは理に適っている。

「なぜそんなことを?」と不思議に思うようなことで人を引き寄せ、一旦そこに足を踏み入れた者に対しては、「もっと知りたい」と思わせるような体験を提供する。これがヤッホーブルーイングがファンマネージメントにかける思いだ。そんな個性豊かなビールをつくりつづけるヤッホーブルーイングの「全仕事」は、クラフトビールのような独自性とバラエティ感を含む気づきを、読み手の日々の仕事にもたらしてくれるはずだ。

文=神保慶政