中学2年生で起きた「バレンタイン事件」。自分の無力さに打ちひしがれ、ある決意を固める/生きてるだけで、疲労困憊。④

文芸・カルチャー

公開日:2021/7/24

rei著の書籍『生きてるだけで、疲労困憊。』から厳選して全9回連載でお届けします。今回は第4回です。大学在学中に発達障害と診断された“陰キャ・オタク・非モテ”の発達障害会社員”。しんどい社会を少しでも楽に生きる…そんな考え方が詰まった珠玉のエッセイです。

本記事には一部不快感を伴う内容が含まれます。ご了承の上、お読みください。

「生きてるだけで、疲労困憊。」を最初から読む

生きてるだけで、疲労困憊。
『生きてるだけで、疲労困憊。』(rei/KADOKAWA)

言い分を聞いてもらえず悪者にされる日々と決別するために……

 中学2年生になり、ムシくんが唐突に「彼女が欲しい」と言い出した。

 私とケイくんの態度は当然に冷淡なものである。私は当時、インターネットのオタクの中で一般的な価値観であった「二次元女性がいれば、三次元女性はいらない!」という思想にすっかりハマッていたのだ。ケイくんは、インターネットの一件で、女性だけでなく人間そのものを忌避する傾向が芽生え始めていた。

 しかしムシくんは諦めず、普通学級との交流会に参加しようと私とケイくんを誘った。彼女になってくれる女性を探すために。

 私はムシくんが心配だからと参加することに決めたが「あわよくば……」という気持ちもあったかもしれない。ケイくんも参加に賛成すると言い、「た、ただ興味があるだけだ。よ、弱きものに、ど、どう接するかを」と理由を語った。後でわかったことだが、私とは違い、ケイくんの言葉に一切のごまかしはなかった。

●卓球くんとの出会い

 普通学級との交流は週に一度、他校の体育館で行われる。特別支援の生徒が自分達を含めて8名、付き添いの先生や親が2~3名。普通学級の生徒は参加したりしなかったりだったので、事実上は特別支援の他校交流のような感じであった。たまに参加する普通学級の子は大体支援学級の生徒の兄弟で、親に言われてしぶしぶ来ているようだった。身も蓋もないが、そういう事情がない限り交流会で活動をしたい子は基本的にいないのだろう。事実、支援学級の兄弟も最初は来ていたが、段々と来なくなった。

 そこで私達は「卓球くん」なる人物に出会う。交流会で頑なに卓球をやりたがり、癇癪を起こし、泣いて訴え、みんながバスケを始めるとプレイ中の生徒にピンポン玉を投げつける妨害を始めた人間なので、便宜上こう呼ぶ。

 このようなことを続けた結果、当たり前だが、ある日彼は普通学級の子にキレられ、交流会では1人隅っこでいじけるようになってしまった。

●女子のイタズラで陥れられた卓球くん

 そして起きたのが『バレンタイン事件』だ。

 二月といえば、節分とバレンタインデーだが、節分はともかくバレンタインデーは私達とは無縁の慣習である。そう思っていた。

 しかし、それは唐突に訪れた。普通学級の女子がチョコレートを渡しに来たのだ。

 ケイくんと隅でいじけている卓球くんを除いて、みんなテンションが爆上がりだった。いつチョコがもらえるのか? どんなチョコなのか? バスケ中によそ見がとまらず突き指をした。

 女子達はしばらく他校の生徒と話していたが、おそらく「偶然」ではなく「計って」その瞬間は訪れた。付き添いの先生と親が体育館から出たタイミングで、女子達は1人隅にいる卓球くんに話しかける。彼は嬉しかったらしく、遠目でもわかるほどパッと破顔させて応じ、私達から恨めし気な視線を集めていた。

 突然、女子のうちの1人が卓球くんの手を取り、それを自身の胸に当てた。

 もしかしたら、度胸試しのつもりだったのかもしれない。

 私達は突如起こったことがわからず息を飲み、気づいたら「痛い! 痛い!」と悲鳴を上げる女子の姿と、突然のことに驚いたのか、茫然とした顔で胸を握りつぶさんばかりに手に力を込める卓球くんの姿があった。もう1人の女子が卓球くんを引き剥がそうと、ボールをぶつけた。卓球くんはボールをぶつけた女子の髪を掴んで引き寄せると、身体のアチコチを殴りつける。先生と親が戻ってきたのは、そのときだった。

 女子と私達はそれぞれ別室で事情聴取された。私達の言い分はもちろん「女子が卓球くんの手を取って胸に当てた」というものであったが、女子達の言い分は「卓球くんに話しかけたら胸を掴まれ、バスケットボールをぶつけて引き離そうとした」というものであった。そして先生は二つの異なる言い分を聞き、「女子達に非はない。卓球くんは女子2人に謝ること」という結論を下した。

●声が出せないことが悔しくて涙をこぼす

 私達の人生は「言い分を聞いてもらえず加害者として扱われる」ものばかりであった。多数決ですらないのか。私達は人間としての数に入らないのか。必死で涙を流しながら「違う!」と叫ぶ卓球くんの他に、声を出す生徒はいなかった。

 先生は卓球くんに「謝れるね?」と念を押した。そのときほど、自分が声を出せないのを悔やんだことはない。伝えたかった。訴えたかった。たとえ信じてもらえないにしても、卓球くんの身に降りかかった理不尽を、理不尽だと大声で叫びたかった。しかし私の思いは声にならず、悔しさのあまり涙をこぼしながら足で床をドンドンと打ち付けた。しかしそれはただの癇癪だと思われ、私はその場から追い出された。

 自分の無力さにただ打ちひしがれ、閉め出された扉の前でただ涙をこぼすしかなかった。私が何かしたところで何も変わらない。そもそも世界は私達に関心が無い。

 卓球くんに謝らせるために、先生がその女子を連れてきたタイミングで、それまで沈黙を貫いていたケイくんが反撃に出た。おそらくこのタイミングを待っていたのだろう。ケイくんは先生の股間を蹴り上げ、次に女子を殴り倒して馬乗りになって拳を振るったらしい。「あ、頭を下げるな! た、卓球くんが、あ、謝る必要はない! あ、頭を下げるな!」、そう叫ぶケイくんの声は扉越しにもハッキリ聞こえた。

 結果から言えば、この件は卓球くんが女子に突如襲い掛かったということにされ、私の足ドンドンは癇癪として処理され、ケイくんは訓告+停学処分となった。

「そ、そうか。た、卓球くんは頭を下げたか」

 停学の見舞いに行き、顛末を話すと、ケイくんは何の感情もこもっていない声でそう呟く。私は彼の虚ろな表情を見て、ある種の衝撃に襲われていた。これまでケイくんはどんな逆境にあっても必ず爪痕を残したり、何かしらを拾い上げ、それを自身の誇りにしたりしていた。そのケイくんが打ちひしがれ、現状に何の感慨も見せず、ただ脱力している。

 私はそれを見ながら、決意を固めた。高校は普通学校に行くと。

<第5回に続く>