大ヒットコミック『うらみちお兄さん』の作者最新作! 売れっ子を目指す若手お笑い芸人の青春群像劇『ニラメッコ』
公開日:2021/7/14
芸人さんと仕事をするたびに、その真面目さに驚かされる。「笑い」を生業にしているはずなのに、彼らは打ち合わせに臨むとき、インタビューを受けるとき、真剣な表情を浮かべていることが多いのだ。そして先日、お笑いのライブに行って気がついた。壇上のコンビは、とぼけた顔でボケ倒し、必死にツッコんでいて、笑っているのは客席ばかり……ひょっとすると、彼ら芸人は、自分が笑いたいわけではないのかもしれない。目の前にいる「誰か」を笑わせたいだけなのではないか?
『ニラメッコ 1』(久世岳/白泉社)は、そんなお笑い芸人を志す青年たちの青春群像劇だ。
主人公の水吉令は、より多くの人に笑ってもらう=売れることを夢見て上京した芸人、23歳。都内に建つ破格の事故物件をシェアハウスとして、水吉と漫才コンビ「ニラメッコ」を結成している相方の朝木ら、売れない若手芸人5人が暮らしている。ライブには出ているから、職業は一応「お笑い芸人」だ。けれど、コンビニでのアルバイトを辞められるほど売れているわけではなく、レジに立ってガラの悪い客に絡まれながら、その客たちを殴って「自称芸人」と報道されてしまうところを想像する。
テレビをつければ、同年代の芸人が活躍している。スマホを見れば、ネットの声は、こちらを人とも思わない中傷をぶつけてくる。「笑わせたい」と思っていた人々を憎みはじめてしまいそうな現状では、誰かの期待もいつしか重荷になりそうだ。
シェアハウスの住人たちも、それぞれの悩みを抱えている。最近調子がいい八潮と来海のコンビは、ネット上の名もなき人らに「テレビに出だすと面白くなくなるタイプ」などと揶揄されている。高学歴芸人の土井は30歳、がむしゃらに夢を見られる時期も終わりだという考えが胸をよぎる。
「笑いとは生き物である」と水吉は語る。わずかなタイミングや空気の違いで、客席の温度は変わる。「笑い」とは、誰にも操ることのできない不確かなものだ。しかし、そういった不確かなものに魅入られているのは、おそらく芸人だけではない。「愛されたい」「認められたい」「何者かになりたい」……あやふやなものに憧れ、もがいているのは、本作を読むわたしたちとて同じだ。だからこそ、己を見失いそうになったときは隣にいる相方を見て、自分たちのコンビ名を思い出すという水吉の言葉は胸に響く。「ただ、お前を笑かしたいだけ」──ひとりではできないことも、誰かとならできると思えるからだ。
2021年7月よりTVアニメが放送される『うらみちお兄さん』(一迅社)の作者・久世岳さんの最新作。読了後は、夢を追うことに疲れた人、自分はなんのために努力しているのかわからなくなったという人も、「本当になりたい自分」を思い出しているに違いない。
文=三田ゆき