読めば中世が好きになる! 驚愕エピソードで知るアナーキーな中世日本の魅力

文芸・カルチャー

更新日:2021/9/15

室町は今日もハードボイルド 日本中世のアナーキーな世界
『室町は今日もハードボイルド 日本中世のアナーキーな世界』(清水克行/新潮社)

「くたばってほしいあいつ」への恨みを口にして切腹をしたら、大名が自分に代わって仇を処罰してくれる――こんな法律があったなんて、信じられるだろうか。日本の中世の特徴を示す16のテーマを通じて、そんな驚きの逸話の数々を紹介するのが、『室町は今日もハードボイルド 日本中世のアナーキーな世界』(清水克行/新潮社)だ。

 この本で紹介される中世とは、平安時代後期から鎌倉・南北朝・室町時代を経て、戦国時代の終わりに至るまでの時代。著者の清水克行氏は、歴史番組の時代考証や歴史バラエティ番組でも活躍する、中世専門の歴史学者だ。著者によると、中世はさまざまな法秩序が混在していた時代で、僧侶や農民も刀を持ち自分の利害や報復のための暴力をいとわない、日本史上類を見ない無秩序な時代だったという。そんな時代の魅力を、著者は自身の研究や過去の文献をもとに、現代的な言葉を交えながら、大学教員として培ってきたという受け手の関心を引くわかりやすい視点で伝えている。その語り口は、芸能人がひとつのテーマについて「好き」を徹底的に語り尽くす、トーク番組さながらの面白さだ。

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 浮気をされた妻が、仲間を集めて夫の浮気相手を襲撃する「うわなり打ち」、僧侶が処罰したい者の名前を紙に書いて呪い殺そうとする「リアル デスノート」など、どの逸話も刺激的。ちょっとした喧嘩が殺し合いに発展することも珍しくない時代には、命に対する考え方も今と違っていた。たとえば、村上海賊と並んで有名な、琵琶湖に面した堅田の海賊に関するエピソードがそれを象徴している。堅田で海賊行為や通行料の徴収で稼いでいたある男が、16人の旅の一行を強盗目的で殺害。事件を知った彼の父が責任をとって切腹する。16人も殺して平然としていた男は、ひとりの身内の死に心を痛めて出家。通りすがりの16人の命と身内の命の重さは明らかに差があったのだろうと、著者は言う。

 ちなみに、その男が行きついた浄土真宗は、ビジネスセンスに長け目的のための手段を選ばない海賊的な人々を束ねることに成功。織田信長も恐れた一向一揆の強さの秘密は、こんなところにもあったという著者の指摘には、思わずうなってしまう。読めば自分のお気に入りのエピソードが見つかり、いつの間にか、自分の常識を軽々と飛び越えていく中世の魅力にどっぷりはまってしまうだろう。

 他にも、年貢の米を測る枡のサイズだけでなく、一合から一升への繰り上がり方(十進法や八進法、十三進法など)もバラバラだったこと、自分の都合や感情に応じた年号が勝手に使われていたことなど、中世のアナーキーぶりを象徴するエピソードが満載だ。そのおおらかさに驚きつつも、思わず吹き出してしまう。返礼品や交易の利益を目的に、国家使節団のふりをして朝鮮国を訪れる「なりすまし詐欺」が150年もの間横行していたという逸話も、「そんなことある?」と笑える。しかしこの書籍の魅力は、単に歴史を紹介するのではなく、「なぜそうであったのか」という背景までを、先入観のないピュアな視点と資料から掘り下げていることだ。自分勝手で凶暴に見える中世人にも、彼らなりの道徳や行動指針があったことが理解できてさらに面白い。

 著者は、歴史上の人物や出来事が現代の価値観に基づき曲解されてしまうことを危惧している。特にドラマや小説には、現代人の先入観や、歴史上の人物に対する英雄崇拝が反映されてしまうのだという。それをふまえて、ネットなどで一般的とされている歴史の解釈に異を唱える指摘も読み応えがある。その視点でいうと、この書籍で紹介されている中世のエピソードは、道徳を判断する秤の針が振り切れてしまうほどハチャメチャで、どこに感情移入していいかわからないものも多い。だからこそ、著者の解説を通じて、500年前の時代に生きた人の心と自分を重ねる経験は味わい深く、病みつきになる。

 著者が、各テーマの導入に現代人には身近なネタを盛り込んでくれていることもあり、今、当たり前とされていることも、果たしてそれが正しいのか考え直すようなヒントとなる。他者や異なる価値観に対する理解を進める足掛かりにもなるが、とはいえそういったメリット以前に、ただただエキサイティングな読書体験をもたらしてくれる1冊だ。

文=川辺美希