夜間のオフィスビルで警備員に訪れる苦労とは…知られざる「施設警備員」の実態
公開日:2021/7/20
突然だが、あなたは「警備員」という仕事にどんなイメージを持っているだろうか。筆者にとって警備員は、目にする機会は多いのに内情が分からない不思議な職業だった。
だから『気がつけば警備員になっていた。 高層ビル警備員のトホホな日常の記録』(堀田孝之/笠倉出版社)に、強い興味を持った。
本書は著者・堀田さんが自身の経験談を盛り込み、「施設警備員」の内情を綴ったエッセイ本。手に取れば、警備員に対する印象が変わるのではないだろうか。
挫折を経験し「施設警備員」に
堀田さんは国立大学に入学したが友達ができず、学食でひとりご飯を食べることが怖くなり、中退。その後、映画の専門学校へ行くも、卒業制作で監督を務めた際、大きな挫折を経験し、映画業界へ進むことを断念。
ちょうどその頃、彼女が妊娠したことから、「どこにでもある普通の家庭」を築こうと出版業界へ就職。だが、激務で心身が悲鳴を上げたため、編集プロダクションを逃げるように去った。
今度は気楽で頭を使わなくてもいい仕事に就きたい。そう考えていた堀田さんはハローワークで施設警備員の仕事を紹介される。頭に、牧歌的な施設の前に立っている自分の姿が浮かんだ。
“(悪くない)と思った。警備員ならば、頭を使わなくても、がんばらなくてもよく、気楽で、定時に帰れて、なんのスキルや資格がなくても務まるはずだ。”
しかし、この読みは甘かった。
勤務先は、東京都港区の一等地にそびえたつ「グランドシティータワー」。そこで働く警備員は日勤勤務の人以外、25時間勤務が基本。タイムスケジュールに沿って、巡回や防災センター内での監視業務などを行う。
だが、マニュアル通りに働いていればいいというわけではない。なぜなら、エレベーターが故障したり自動火災報知機が鳴ったりと、予期せぬトラブルが次々と起きるから。
中でも、特に大変なのが「解錠依頼」。グランドシティータワーに入居しているテナントは夜の時間帯になると入り口扉を「解錠」から「自動施錠」に変更することが多かったため、セキュリティカードを持たずに外へ出た社員が締め出されてしまうことがあったのだそう。
こうした場合、会社の中に誰かがいれば中から開けてもらえるが、誰もいない時は警備員がいる防災センターへ駆け込むしかない。
しかし、警備員は規則により、本当に社員であることを確認してからでないと扉を開けることができない。だから、テナントの「緊急連絡先リスト」に記されている人へ連絡を取り、解錠の依頼者と直接電話で話してもらう必要がある。
だが、この方法は解錠までに時間がかかるため、警備員へのクレームに繋がることが多かったそう。警備員の仕事は、マニュアル通りにすんなりといかないから難しいのだ。
こうした実情を知ると、緊張感やストレスと闘いながら人や会社などを守ってくれている世の警備員に「ありがとう」という言葉を贈りたくなる。
本書には具体的な業務内容だけでなく、堀田さんが遭遇した仰天エピソードも多数掲載されているので、クスっと笑いながら警備員という職の奥深さを知ってみてほしい。
置かれた場所で懸命に生きたからこそ知れた「自分の弱さ」
本書は単なるお仕事エッセイではなく、自分の生き方を考えさせられる書籍でもある。
実は堀田さん、ずっと警備員であることに引け目を感じていたそう。警備員に向けられる冷たい視線に心を痛めたり、名前ではなく「警備さん」と呼ばれるのが当たり前であることを悲しく思ったりしていたのだ。
だが、やがて、気づいた。「警備員」という記号の呪縛に囚われ続けているのは、自分自身が人を記号で判断している証拠なのかもしれない…と。
そして、見て見ぬフリをしてきた本音とも向き合えるようになった。
“私は「挫折」を理由に、「家族」というものを人生のメインディッシュに据えた。「家族」のために警備員をしているのだと、自分を納得させていた。本当は、夢を追うことから逃げ出した理由を、「家族」のせいにしていただけなのかもしれない。”
こうした赤裸々な想いに触れ、筆者も自分が歩んできた「これまで」やさまざまな職業へ向けてきた視線を振り返りたくなった。
“一人ひとりの警備員は固有の人生や思いを抱えながら働いていることを、誰かに知ってほしかった。それは、自分を肯定すると同時に、置かれた場所で懸命に働いている人を肯定することでもあった。”
この魂の叫びが、ひとりでも多くの人に届くことを心から願う。
文=古川諭香