暴力と狂気の街で、物騒なモノを手にした男たちの「大仕事」とは/小説 孤狼の血 LEVEL2 ①
更新日:2021/8/18
2021年8月20日公開の映画『孤狼の血 LEVEL2』。そのノベライズ『小説 孤狼の血 LEVEL2』から全5回で物語の冒頭をお届け。広島の裏社会を治めていた呉原東署の刑事・大上が亡くなってから3年。大上の後を継いだ刑事・日岡によって取り仕切られていた暴力組織だったが、出所してきた要注意人物により抗争の火種が再び沸々と燃え上がろうとしていた。
※本記事には一部不快感を伴う内容が含まれます。ご了承の上、お読みください。
![小説 孤狼の血 LEVEL2](https://develop.ddnavi.com/uploads/2021/08/81tuvU30Q4S.jpg)
![小説 孤狼の血 LEVEL2 登場人物相関図](https://develop.ddnavi.com/uploads/2021/08/korounovel_soukanzu.jpg)
呉原港は、夜のしじまに包まれていた。
小さな漁港に人影はなく、今夜は海猫の鳴き声も聞こえない。内湾の穏やかな波音だけが、時が動いていることを教えていた。
――いや、もうひとつ、動いているものがある。
防波堤に駐車した、一台の黒いワゴン車の中にいる男たちだ。
運転手を含め前部座席にふたりと、後部座席にふたり。後部座席の男たちは、夜だというのに濃いサングラスをかけている。
派手な柄シャツといい、首にかけたゴールドのチェーンネックレスといい、凶々しい人相といい――男たちの生業は、推して知るべしというところだ。
柄シャツを着た助手席の男が、運転席との間にあるコンソールボックスの上にしわくちゃの紙包みを広げた。
「おい、ちゃんと当てえや」
四人のリーダーらしい、口ひげを生やした後部座席の男が命じる。
「はい!」
左耳にシルバーのピアスをした運転手の若者が懐中電灯を当てると、包みの中が金色に輝いた。
大人の小指の先ほどの円柱形の物体――銃弾が、ざっと見たところ四、五十発はあるだろうか。
「おい、弾、詰めぇ」
口ひげが指示する。
懐中電灯を当てている若者以外の三人の男たちは、レンコン型の弾倉にせっせと弾を込めはじめた。各々が手にしているリボルバーは、剣呑に黒光りしている。
運転席の若者は恐る恐るバックミラーを見上げ、後ろの様子を窺った。
太い眉の、どこかあどけなさの残る顔立ちは、少年からやっと青年になったばかりという印象を受ける。昆虫で言えば、さなぎの段階だろうか。
その視線を感じたらしい口ひげと、ミラー越しに目が合った。
「なんなぁ?」
「あ、いや、なんも……」
「われもチャカ、ぶっ放したいんか?」
「はは……いやぁ」
愛想笑いする若者の首根っこを、助手席の柄シャツが乱暴につかんだ。
「ほうじゃろうがチンタ、早う一人前になりたいんよのう」
チンタと呼ばれた若者は、名前を近田幸太という。一番下っ端の、二十歳のチンピラだ。
柄シャツは三村、後部座席の口ひげは浅井 、浅井と並んで座っているのが西山。いずれも広島に暖簾を掲げる暴力団、五十子会の組員である。
「……おっしゃ、ほんならこれ持ってけ」
西山が、自分の拳銃をチンタにちらつかせる。
「えっ、ほんまに!?」
顔を輝かせて振り返ったチンタに、西山は拳銃ではなく、鞘に入った果物ナイフを突き出した。
「アホか、わりゃこれでチンコの皮でも剥いとりゃええんじゃい」
ナイフを男根に見立てて鞘を上下に動かす。下品な冗談に、浅井と三村が爆笑した。
「チャカいうて百万年早いんじゃ!」
西山に後頭部を小突かれたチンタは、ヤッパとも言えない果物ナイフを間が悪そうに受け取り、前に向き直った。
「おっしゃあ!」
浅井が威勢のいい声をあげる。
「兄貴の出所祝いじゃ! 尾谷のチンカスども、足腰立たんようにしちゃろうじゃないの!」
「おお!」
「よっしゃあ!」
西山と三村がいきり立った。
浅井が口にした『尾谷』とは、戦後からこの呉原に根を張る老舗の博徒、尾谷組のことである。
「早う出せ!」
「あ、はい!」
チンタは慌てて車のエンジンをかけると、思いきりアクセルを踏んだ。
その頃、とあるビルの更衣室で、軽快に口笛を吹きながら着替えをしている男がいた。
口笛のメロディーは、『狼なんか怖くない』。有名な短編アニメ映画『三匹の子ぶた』の挿入歌だ。
男のがっちりした上半身や筋肉質の太い腕は、格闘家を思わせる。
途中で口笛が、弾んだ鼻歌に変わった。
これから恋人と会う約束でもしているかのような、楽しげな風情だ。男が手際よく身につけているのが、防弾チョッキでなければの話であるが。
男は思っていた。
三匹の子ぶたどもに思い知らせてやろう。アニメの間抜けな狼と違い、本当の狼は怖い動物だということを。
広島県の南西部に位置する呉原市は、県庁所在地の広島市から在来線で三十分の距離にある、製造業を中心とする工業都市だ。
平成三年現在、人口は二十万人あまり。瀬戸内海に面した温暖な気候とは裏腹に、暴力団抗争の頻発する荒っぽい土地柄である。
飲食店やドラッグストア、ゲームセンターなどが軒を並べるアーケード街を、チンタの運転するワゴン車が通り抜けていく。
午前十一時から午後五時までは歩行者専用のアーケードだが、車両が通行できるこの時間帯は、それほど人通りも多くない。そして多くの地方都市がそうであるように、こうした商店街の周囲には、繁華街が枝葉を伸ばすようにして広がっている。
チンタは、けばけばしいネオン看板を掲げた風俗店ビルの前で車を急停止した。
ビルの前には、数人の客引きがたむろしている。
浅井たちは次々と車から降り立った。
「エンジンかけて待っちょれ」
ズボンの後ろに銃を突っ込んだ浅井が、運転席の窓を覗き込んでチンタに命じる。
「はいっ!」
三人がビルの中に入っていく。目的の場所は、二階にある『MOCHA』というショーパブだ。
チンタはエンジンをアイドリング状態にして、そわそわと尻を動かした。落ち着かず、つい周囲をキョロキョロする。なにしろ、こんな大仕事を手伝うのは初めてのことだ。
と、男のふたり連れがやってきて、ワゴン車の前で立ち止まった。
チンタはとっさにシートに身を埋うずめた。両人とも地味なスーツ姿だが、歩き方、姿勢、目つき――あきらかに普通のサラリーマンとは違う。
そっと顔を上げると、男たちは片方の耳にイヤホンをつけ、ビルを見上げている。警察だ。チンタの心臓が脈打った。
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『孤狼の血LEVEL2』
原作:柚月裕子「孤狼の血」シリーズ 監督:白石和彌 脚本:池上純哉 出演:松坂桃李、鈴木亮平、村上虹郎、西野七瀬ほか 配給:東映 8月20日(金)全国ロードショー ●3年前、暴力組織の抗争に巻き込まれ命を落とした刑事・大上。その後を継ぎ、刑事・日岡は広島の裏社会を治めていた。しかし、刑務所から出所した要注意人物によって、秩序が崩れていく。絶体絶命の窮地を、日岡は乗り切れるのか――。
(c)2021「孤狼の血 LEVEL2」製作委員会