世界初、エドワード・ケアリー待望の短篇集『飢渇の人』。不気味で独特な世界観がそこに広がる

文芸・カルチャー

公開日:2021/8/7

飢渇の人
『飢渇の人』(エドワード・ケアリー:著、古屋美登里:訳/東京創元社)

 エドワード・ケアリーといえば、最後の一文まで読者を捉えて離さない、長編小説のイメージが強いのではないだろうか。

 塵で財をなした一族を主軸に描いたファンタジー・ミステリー三部作、『堆塵館』『穢れの町』『肺都』(古屋美登里:訳/東京創元社)。そして、蝋人形館で知られるマダム・タッソーの人生を描いた歴史小説『おちび』(古屋美登里:訳/東京創元社)。いずれも物語の引力と登場人物の魅力があふれ、忘れられない読書体験を与えてくれる作品だ。

 エドワード・ケアリーの描く人物や世界は、奇妙で遊び心を忘れず、それでいてどことなく孤独だ。“エドワード・ケアリー・ワールド”としか言いようがないその雰囲気は、文章だけでなくイラストでも表現されている。このイラストがまたすばらしく、作品を補足するものとしてではなく、作品の一部として魅せられる。

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 そんなエドワード・ケアリーの魅力を存分に楽しめる短篇集が、『飢渇の人』(古屋美登里:訳/東京創元社)だ。これまで発表されてきた短篇に加え、本書のために書き下ろしたオリジナルの短篇、さらに新たに描かれたイラストが盛り込まれている。ちなみにエドワード・ケアリーの短篇集が世に出るのはこれが世界初であり、出版のきっかけを作ったのはデビュー作から翻訳を手掛けてきた古屋美登里さんだという。

 本書の序文では、遠く離れた国に住む友として古屋さんが紹介されており、彼女への感謝の言葉が綴られている。長年仕事を共にしてきたイギリスの作家と日本の翻訳家。二人の間で結ばれた絆が、一冊の本になった。この背景は、コロナ禍で分断される社会に生きる私たちにとって、希望を感じられるものだ。

 室内の隅に舞う吹き溜まりを生き物として捉えた『吹溜り』や、落ちた髪の毛の塊が命を宿し、やがて生活を脅かす存在となる『毛物』は、“よくわからない何か”が日常を変える様子を淡々と描いている。いずれもコロナ禍で書き下ろされた作品で、未知のウイルスに不安を抱える私たちを想起させる作品だ。

 一方、同様にコロナ禍で書き下ろされた『バートン夫人』と『パトリックおじさん』は、ユーモアに富んだエドワード・ケアリーらしい作品である。文章で読者の想像力を掻き立てる作品でありながら、イラストがその想像を味付けしてくれるような仕掛けになっている。

 このように、本書のために短期間で書き下ろされた作品群を読み比べても、読者にもたらす感動がまったく異なる。ここにも、エドワード・ケアリーの才を感じる。

 書き下ろしだけでなく、2013年の作品である『おが屑』もすばらしかった。互いを遺していきたくないから一緒に死にたい、と願う老夫婦の言動が愛らしく描かれる。ただし、あまりに長い時間ふたりきりで過ごした夫婦の日常は、はっきり言ってだいぶおかしい。それが不気味なのに、不思議と嫌悪感は湧かない。この絶妙なバランスがくせになる。

 エドワード・ケアリーが描く世界では、人とそれ以外の境界があいまいで、ときには形なきものですら人格をもって主張してくる。それらは皆、ちょっと変で気持ち悪いけれど、愛らしくて憎めない。そうしたエドワード・ケアリーが文と絵で紡ぐ世界そのものの虜になってしまうからこそ、彼の作品を求めてやまないファンが多いのだろう。

 これまでの作品は長編だから手を出しづらかったという方は、ぜひ記念すべき世界初の短篇集『飢渇の人』からエドワード・ケアリーの世界に足を踏み入れてほしい。きっと心が潤う読書の時間となるだろう。

文=宿木雪樹