男でもなく女でもない「自分」、揺らぐ幼なじみの三人の関係。押見修造の新境地『おかえりアリス』
公開日:2021/8/7
『ハピネス』『惡の華』、そして「ビッグコミックスペリオール」で連載中の毒親に翻弄される少年が主人公の『血の轍』。数々のヒット作を生み出してきた押見修造さんの漫画の特徴は、独特の暗さが漂う画風と最大限までモノローグを抑え表現される内容の濃密さだ。押見さんにしか生み出せない空気感は、既に数々のファンの心をとらえている。
空気感はそのままなのに、今までの作品とどこか違う。
「別冊少年マガジン」で最新作『おかえりアリス』(講談社)が発表されたとき、多くの読者がそう思ったのではないだろうか。
メインキャラクターは亀川洋平(かめかわ・ようへい)、洋平が恋をしている三谷結衣(みたに・ゆい)、そして中学生時代の結衣が思いを寄せていた洋平の親友の室田慧(むろた・けい)の三人だ。この物語の象徴となるのは、白く長い髪を持つ美しい人だ。1巻や2巻の表紙でも描かれるこの人物が慧であり、物語のキーとなる存在である。
慧は洋平と結衣の幼なじみで、中学1年生までは少年の姿をしていた。だが突然転校をし、高校生になった洋平と結衣に再会したとき、慧は新しい性を持つ存在になっていた。
このことを、慧は「男を降りた」と表現する。クラスメイトの少女たちは、美しい慧のことを自分たちと同じ“女性になりたい”のだと考えるが、そうではない。慧は男を降りただけで女になったわけではないのだ。
性の目覚めを自覚している洋平は、別人のようになって近づいてくる慧に戸惑いを隠せない。恋する結衣と性行為をする夢を見ていても、途中から相手が慧になっていることに気づき飛び起きる場面もある。
1巻では洋平の動揺を見透かしたように微笑んでいた慧。しかし2巻になると慧の複雑な心情も垣間見える。
“…男を降りた…
降りて…どこへ行こうって…思ったとき…
僕は…「こういう風」になるのを選んだでも… まだ分かんない
どこへ行けばいいのか”
慧のことをずっと好きだった結衣もまた、動揺していた。
「洋ちゃんのこと どう思ってるの?」「好き…なの?」と慧に聞く。だが最初微笑んでいた慧は、結衣の使う「好き」という表現に、じょじょに不快感を表す。
“三谷の言う“好き”ってなに?
誰かを独占したいってこと?”
慧を通して読み手もまた、洋平や結衣と同じ感覚に陥る。性だけではなく「好き」という感覚も揺さぶられるのだ。
1巻に続き、あとがきでは作者・押見修造さん自身の性に対する考え方や体験が描かれている。作者の思いが本作の内容に大きく影響しているのだ。
中学生以来、あまり話すことのなかった洋平と結衣が急接近する2巻。そのことによって、三人の関係はどう変化していくのか。予想のつかない展開が続く。
文=若林理央