落合陽一の思考を追体験して“思考のスイッチ”を入れる『半歩先を読む思考法』

文芸・カルチャー

更新日:2021/8/16

半歩先を読む思考法
『半歩先を読む思考法』(落合陽一/新潮社)

“デジタルネイチャー”の世界を探求するメディアアーティスト、筑波大学にラボを持つ研究者であり教育者、ベンチャー企業や社団法人の代表を務める実業家――多彩な分野で活躍を続けている落合陽一氏。その最新刊『半歩先を読む思考法』(新潮社)は、ウェブサイト「note」に連載中の文章を抜粋し、加筆修正を加えた一冊だ。

 タイトルから自己啓発的なハウツーや実用的なライフハック紹介のような内容を想像するかもしれないが、本書に書かれているのは落合陽一流の思考テクニックやノウハウではない。本書は言ってみれば、ウェブ連載の掲載時期2019年1月から2021年3月における著者の日記のようなもので、その文章は次のようなスタイルで綴られている。

「自分が思考する速度で周囲との関係性を言葉にし、会話するようにそれを吐き出し、文章にしていく。つまるところ自分の思考と雑談するように文章を書く」

 本書に書かれているのは、著者の日々の思考のプロセスそのものなのだ。そして「常に新しい方向へ向かないと飽きる」という著者の思考のトピックスは次々と変わっていく。例えばそれは、子どもの成長から思いを馳せる“豊かな人生”や複数の草鞋を履きながら全力疾走を続ける中でのストレスマネージメントだったり、研究に必要な“思い込む力”の重要性やSNS時代における社会批評性のある表現の意味だったりする。その独特の観点と思考の流れ、そして数多く掲載されている著者撮影の写真の数々は、さまざまな角度から落合陽一という人物の心象風景もまた垣間見せていく。それは時に意外なほど叙情的で詩的ですらある。

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「この世界に美しいものが存在すると認めていられる間は自分の価値観を守れているんだと思う。仮に自分のことを誰かが無価値だと言っていても自分の美しいと思うものの価値を守っていることができる。それは自分のことを肯定するかとはまた別な軸で、世界のことを愛することができるかということなのかもしれない」

 より直接的に自身の仕事や活動について語られている箇所も多い。そもそも「デジタルネイチャー」「魔術化」とはどのような概念なのか、あるいは「物化する計算機自然と対峙し、質量と映像の間にある憧憬や情念を反芻する」という落合陽一のアーティストステートメントはどう読み解けばいいのか、その用語解説なども本書には書かれている。そういう意味では、本書はこれまで著者の発信する情報にとくに接してこなかったような人にとっての最初の1冊にも向いているかもしれない。

 本書の後半には新型コロナウイルスによるパンデミック発生からリアルタイムで著者が考え続けてきた“ウィズコロナ”“ポストコロナ”への変化、新しい日常を獲得するための社会設計と展望についても詳述されていて、それは現在進行形のコロナ禍をどのような観点から考えればいいのか、ヒントを与えてくれるものにもなっている。

 ただ、「出来るだけ一緒に考えてもらうコンテンツが好きだ」と書いているように、本書も一読して「なるほど、そういうことか」と、すんなり理解できるようなものではないだろう。読みながら著者の思考を追体験し、どのように社会や時代を見ているのか、その世界観を少しずつ共有する。そして、著者の思考のエッセンスを取り入れて、自分なりに考えてみる。その思考のスイッチを入れることが、きっと“半歩先を読む思考法”につながるのだ。

文=橋富政彦