「大仕事」の現場で待ち構えていた男…その正体は。そして負傷者が/小説 孤狼の血 LEVEL2 ②

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更新日:2021/8/18

2021年8月20日公開の映画『孤狼の血 LEVEL2』。そのノベライズ『小説 孤狼の血 LEVEL2』から全5回で物語の冒頭をお届け。広島の裏社会を治めていた呉原東署の刑事・大上が亡くなってから3年。大上の後を継いだ刑事・日岡によって取り仕切られていた暴力組織だったが、出所してきた要注意人物により抗争の火種が再び沸々と燃え上がろうとしていた。

※本記事には一部不快感を伴う内容が含まれます。ご了承の上、お読みください。

小説 孤狼の血 LEVEL2
小説 孤狼の血 LEVEL2』(豊田美加:ノベライズ、柚月裕子:原作、池上純哉:映画脚本/KADOKAWA)

 二階から、陽気な音楽が漏れ聞こえてくる。

 階段を駆け上がった浅井たちは、『MOCHA』の前でいったん足を止め、それぞれ拳銃を手にした。

 目配せし合い、いっせいにドアからなだれ込む。

 店内は、多くの男性客で賑わっていた。

「どかんかいこら、ぶち回すどっ!」

 三村の喚き声は音楽に掻き消された。

 ちょうどショーの真っ最中で、ステージでは、セクシーなランジェリー姿のダンサーたちが腰をくねらせて踊っている。

 西山が天井に向けて発砲した。銃声がとどろき、客の相手をしていたホステスたちが身をすくめて悲鳴をあげる。

「尾谷の橘はどこじゃっ、出てこんかい!」

 相手は拳銃を振り回している暴漢どもだ。下手なことをして撃たれてはたまらないと恐れているのか、客はみな、腰を抜かしたように微動だにしない。

「おい、橘かっ!?」

 三人は店内をのし歩きながら、客の顔を覗き込んでいく。

 奥の席で、悠長に煙草をふかしている短髪の男の背が、西山の目に留まった。

「おどれかっ!」

 肩をつかんで振り向かせる。

「わ、わりゃ――」

 その顔を見たとたん、西山は怯んだように手を離した。

 年齢は三十手前の、薄い不精ひげを生やした男――呉原東署刑事二課、暴力団係の日岡秀一は、不敵な笑い声を漏らした。

「わざわざ広島から出張ってもろうて、ご苦労じゃったがのう」

 西山は思わず後ずさった。日岡がどういう刑事か、五十子会のヤクザが知らぬわけがない。

 三村がハッとして叫ぶ。

「こ、こんならぁみなマッポじゃ!」

 店の客が怒声を放ちながら立ち上がった。みな、ヤクザに負けずとも劣らない厳つい風貌をしている。三村の読みどおり、全員マル暴の刑事たちだ。

 数人の刑事が、狼狽している浅井たちに警察手帳を掲げて見せる。

「ほいじゃぁのう、チャカそこに並べてもらえるかいのう」

 背の高い角刈りの男が、悠然と三村に迫った。日岡の先輩刑事の有原である。

「おどれら全員逮捕じゃ」

 日岡は座ったまま言うと、吸いかけの煙草をふかした。

「……逃げえ!」

 西山がとっさに踵を返した。だがションベン臭いチンピラを取り逃がすような日岡ではない。拳銃を持った西山の腕を、くわえ煙草で素早く後ろ手に捻り上げる。

 有原やほかの警察官たちが、チンピラどもを手分けして押さえにかかった。

「おら、どかんかこらぁ!」

 暴れながら店の中を逃げ回る浅井を、日岡は面白そうに見やった。なかなかの腕っぷしだ。さしずめ、あいつがレンガの子ぶたか。

 出口付近まで逃げていった浅井が、銃口を天井に向けてぶっ放した。

 キャーッと甲高い悲鳴があがる。

「舐めんなやっ!」

 浅井は叫ぶなり店を飛び出した。表でチンタの車が待っている。広島まで逃げ切ればどうにかなる、と考えていた。

 階段を駆け降りた浅井の足が、急ブレーキをかけたように止まる。

 ビルの外で、警察が待ち受けていた。

 制服警官の一団を率いるスーツ姿のふたりは、いずれも呉原東署刑事二課の刑事で、若いほうが菊地 、眼鏡をかけた年配の男が係長の友竹だ。

 文字どおり袋のネズミになった浅井は、ヤケクソで拳銃を構えた。

「そがぁな物騒なもん持って、どこぞに行くんね?」

 菊地が、からかうように言う。

「どけやポリ公! おまえら全員、尾谷の犬じゃろ! ひとり残らずぶち回しちゃるぞ! ええな!?」

 大口を叩いた次の瞬間、「おいしゃあ!」という掛け声とともに、浅井は背後から蹴り倒された。

 日岡だ。

 獲物にたかる蟻の群れさながらに、制服警官たちがわらわらと浅井に襲いかかる。拳銃を取り上げられた浅井は、あっという間に取り押さえられた。

「よっしゃ逮捕じゃ逮捕じゃ! ほら連れてけ」

 上機嫌の友竹に見送られながら、浅井が連行されていく。

「日岡。上は片づいたんね」

「あー……」

 日岡が曖昧に答えたところへ、有原が息せき切って駆け降りてきた。友竹に頷く。二階の捕り物も無事に終わったようだ。

 一同がひと息ついた、その時――。

「おらあああ!」

 奇声を発しながら、チンタが日岡の背中に体ごとぶつかってきた。

 瞬間、日岡の身体が硬直した。その足元に、ぽたりと血が落ちる。

「う……」

 日岡は苦痛に顔を歪め、その場にくずおれた。

 たちまち地面に血だまりができていく。

 いったい何が起きたのか、友竹も有原もほかの刑事たちも、日岡を刺した張本人のチンタすら、よくわかっていないような顔である。

「あ」

 チンタの手から、血染めの果物ナイフが転がり落ちる。

「日岡……刺されとる」

 間の抜けたセリフを有原が呟いた時、チンタが弾かれたように走りだした。

「こんガキャ、なんしょーんならっ!」

 我に返った友竹が、怒鳴りながらチンタを追いかける。ほかの警官たちも慌てて駆けだした。

 日岡は倒れたまま、背中にやっていた手を目の前に持ってきた。

 鮮血に染まっている。この痛みと、ナイフが肉に刺し込まれた感じからすると、かすり傷とは言えないようだ。

 あのバカ――。

 目の前が暗くなり、チンタを取り押さえる警官たちの怒号が徐々に遠のいていった。

<第3回に続く>

『孤狼の血LEVEL2』
原作:柚月裕子「孤狼の血」シリーズ 監督:白石和彌 脚本:池上純哉 出演:松坂桃李、鈴木亮平、村上虹郎、西野七瀬ほか 配給:東映 8月20日(金)全国ロードショー ●3年前、暴力組織の抗争に巻き込まれ命を落とした刑事・大上。その後を継ぎ、刑事・日岡は広島の裏社会を治めていた。しかし、刑務所から出所した要注意人物によって、秩序が崩れていく。絶体絶命の窮地を、日岡は乗り切れるのか――。

(c)2021「孤狼の血 LEVEL2」製作委員会