本当にいるリアル万引き家族…ベテラン“万引きGメン”が見た「親を選べない子どもの苦しみ」
公開日:2021/8/10
小売業事業所における万引きの被害総額は1日あたりで12.6億円(警察庁推計)といわれる。ふと、魔が差した者。生活苦から仕方なく商品に手を伸ばした者と、加害者の背景もさまざま。しかし、たとえどんな理由があろうとも、犯罪であるのは変わりない。
22年にわたり5000人以上の万引き犯を捕捉。ベテラン“万引きGメン”による著書『万引き 犯人像からみえる社会の陰』(伊東ゆう/青弓社)は、万引きの実態を記録した1冊である。身近にある犯罪。読者にむけて「一度経験しているという人や『盗ってしまおうか』という誘惑に駆られたことがある人も多いのではないだろうか」と、著者は問いかける。
「リアル万引き家族」のおかしな雰囲気
本書には、著者の立ち会った万引き現場のエピソードが47本収録されている。そのうちのひとつが「リアル万引き家族」の話だ。2018年に映画『万引き家族』が話題になったのも記憶に新しい。ただ、その存在はけっしてフィクションではない。最近の風潮では「刑罰の対象にはならない十四歳以下の子どもを実行犯に仕立て上げるケース」も目立つと、著者は述べる。
著者が目にしたのは、S県のショッピングモールだ。モール内の食品売り場で警戒したのは、70代と30代ぐらいの女性、そして小学校高学年ぐらいの少女だった。3人組はおそらく、祖母と母親と娘たちの一家。しかし、著者は「雰囲気がどことなくおかしい」と感じた。
一家に会話はなく、表情はどこか重く沈んでいた。気づかれないようにそっと様子を見守る著者。すると、母親から何かを言いつけられた娘が、緊張の面持ちで酒売り場へ向かった。
やがて、2本の高級ウイスキーを手にして祖母と母の元へ戻った娘。エナメル製のスポーツバッグに酒を隠した瞬間、3世代にわたる犯行を初めて見た著者は「得体の知れない怒り」をおぼえた。
その後も、一家は犯行を繰り返した。生鮮食料品売り場では、タイやマグロの刺身、和牛肉などを。菓子売り場でも、娘はいくつもの菓子を次々とスポーツバッグへ運んでいった。菓子選びの瞬間だけは「年相応の楽しげな様子」だったと振り返る著者。しかし、商品を隠す瞬間は「悪役商会顔負けの怖い目」をしていたという。
手慣れていて、明らかに初めての犯行ではない。一家が店外へ出た瞬間、著者は「こんにちは。このバッグの中にある商品、精算してもらえますか?」と声をかけた。
「親を選べない子どもの苦しみ」を憂う著者
著者が話しかけたとたん、母親は声を荒らげた。見られていない自信があるのか、多くの常習者と同じく「なんですか、どれですか? うちの子どもが、なにをしたっていうんですか?」と食って掛かる母親。一部始終を見ていた著者は、それでもひるまない。
著者は「お酒を入れるところから、全部見ていたんですよ。あなたたちだって、しっかり見張っていたでしょう」とつぶやく。すると、祖母が娘の手を引いて逃走を図った。しかし、娘が持っていたスポーツバッグをつかみ阻止する著者。直後「ママ、助けて!」と娘の叫び声を聞いたからか、事情を知らない中年男性が著者を突き飛ばした。
男性は「あんた、こんな小さな女の子になにをしているんだ。一一〇(110)番したからな!」と怒鳴った。対して、著者は「なにって、万引きしたから声をかけてるんですよ。悪いのは、この人たちなの!」と返した。その後、言葉を失った男性の通報を受けて、警察官が到着。そこでも「おい、なにをやっているんだ。その手を離せ!」と濡れ衣を着せられた著者であったが、事情を説明するとようやく納得してもらえた。
スポーツバッグの中身は動かぬ証拠。しかし、運悪く、警察官と一緒に確認した防犯カメラ映像に犯行の決定的な場面は記録されていなかった。あきらめかけたが、一家の前歴(警察や検察に捜査対象とされた事実)を照会した警察官は「酒を盗んでいることだし、前にも同じようなことをしているようなので、タレ(被害届)が出るなら全員を立件する方向で調べます。どうされますか?」と言った。
店長は被害届を出そうと決断。祖母と母親は逮捕され、小学5年生の娘は身柄引受人を用意できないため児童相談所へ保護された。一家の暮らしは「どのような行く末をたどるのか」と述べる著者。「そこに見えるのはドロドロとした暗闇しかなく、親を選べない子どもの苦しみに、胸が張り裂ける思いがした」と振り返る。
ここまでの話は、本書のごく一部にすぎない。身近な犯罪であるがゆえに“社会の陰”が垣間見える万引き。著者が立ち会った事件のエピソードはどれも生々しく、そして、心に重苦しい感覚を残す。
文=カネコシュウヘイ