アメリカでメジャーリーグサッカーを大成功させた常識外のシステム
公開日:2021/8/15
「世界一のスポーツ大国」と言われるアメリカ。
野球(メジャーリーグ)、アメリカンフットボール(NFL)、バスケットボール(NBA)、アイスホッケー(NHL)の4大プロスポーツの人気ぶりは、日本でもおなじみだろう。
一方で、世界的に人気のスポーツであるにもかかわらず、「アメリカでは人気がない」というイメージが強いスポーツにサッカーがある。
事実として、サッカーの本場はヨーロッパと南米。選手個人としても、ナショナルチーム(国の代表チーム)としても、サッカー界におけるアメリカの存在感は非常に薄い。
だが実は、アメリカのサッカーリーグの「メジャーリーグサッカー(以下、MLS)」がビジネス面で大きな盛り上がりを見せていて、そのシステムも非常に独特……という事実はあまり知られていない。
そんなメジャーリーグサッカーの真髄を知れる本が、『MLSから学ぶスポーツマネジメント』(中村武彦、LeadOff Sports Marketing/東洋館出版社)だ。
同書でMLS独特の組織構成、経営手法、マーケティングを解説している著者は、日本人で初めてMLSに勤務した人物。
初の著書となる本書は「サッカー本大賞2019」も受賞。サッカー好きのあいだで話題を呼んできた1冊だ。
「アメリカでサッカーが人気」という驚きの事実
本書を読むとアメリカのサッカーのイメージ、MLSのイメージがいろいろと覆されるのだが、まず驚かされるのは「実はアメリカではサッカーがけっこう人気」ということだ。
本書によると、過去3回のワールドカップにおいて、開催国以外で最もチケット購入者が多かった国はアメリカ。
そしてMLSの以前に運営されていたプロサッカーリーグ「北米サッカーリーグ(NASL)」においては、人気チームのNYコスモスのシーズン平均観客動員数は約4万人を記録していた(1977年)。
近年のMLSにおいても、リーグの平均観客動員数は2万人を超えている。この数字は、日本のプロサッカーリーグのJリーグと同程度(シーズンによってはJリーグ以上)のものなのだ。
なお、北米サッカーリーグ(NASL)は圧倒的な人気を誇るNYコスモスと、他チームとの格差が大きく開いたことも一因となり、最終的にはリーグ全体が倒産。その失敗を生かして作られたのが、本書で詳述されるMLS独特のシステムなのだ。
「リーグが選手の給与を負担」という常識外のシステム
そのMLSの運営の柱になっているのが「シングルエンテティシステム」というもの。
直訳すると「単一存在の組織」。分かりやすく言うと、「リーグとチームが一心同体で経営を行い、『みんなで大きくなること(利益を増やすこと)』を目指すリーグ運営法」という感じだろうか。
では、具体的にどういった点が一心同体なのかというと、MLSでは各チームの所属選手の給与や、選手獲得にかかる移籍金などは、なんとリーグ側が負担。MLSの選手が海外リーグに移籍した際の移籍金も、リーグが25~35%、チームが65~75%を得る仕組みとなっている。
これは選手の移籍金や給与をチーム側が負担する、Jリーグや海外リーグの常識ではあり得ないことだ。
また世界のサッカーリーグでは常識の、「上位リーグ・下位リーグ間での昇格・降格がない」「というかそもそも1部リーグ以外のリーグが存在しない」というのもMLSの特色のひとつ。
この仕組みは「護送船団方式」と言われる日本のプロ野球と一緒である。そして下位リーグへの降格という経営上の巨大なリスクが存在しないからこそ、MLSのチームは安定した経営を続けられ、「みんなで一緒に大きくなる」ことができたわけだ。
ちなみにMLSの経営においては、リーグのオーナー全員が出資する「Soccer United Marketing(SUM)」という営業・マーケティング会社も重要な役割を果たしている。
この会社は、FCバルセロナなどの海外の人気チームのアメリカツアーを企画したり、移民の多い隣国・メキシコの国際親善試合をアメリカ国内で開催するなどして、大きな利益を確保。
また、そうした人気カードとの抱合せで、MLSの放映権などを販売する狡猾な戦略も実施。本来はリーグが取り組まないビジネスにも手を伸ばすことで、MLS全体の収益・人気の拡大に貢献してきたのだ。
MLSは「スタートアップ企業である」
本書で解説されるMLSの仕組みは、「さすがスポーツ大国アメリカ」と唸るもの。そこではスポーツビジネスに関わる人材の育成や奪い合い(ヘッドハンティング)も盛んだ。
本書を読むと、「スポーツにビジネスとして取り組む姿勢」が日本の2歩も3歩も先を行っていることがよく分かる。スポーツビジネスを学びたい人にも非常に有益な内容なのだ。
また本書は、先に述べた「シングルエンティティシステム」のメリットだけでなく、その裏返しとして生まれる問題も指摘している。
たとえば所属選手の給与や移籍金をリーグが負担する仕組みでは、チーム間の選手獲得の競争原理が生まれないこともあり、選手の給料が上がりにくいという問題がある。
そして先述のメキシコ代表の国際親善試合については、「アメリカで開催すれば大きな利益があがる」という理由から、メキシコ本国で自国の代表チームの試合がほとんど開催されなくなる……という事態も引き起こしてしまった。
どこまでも本気で「ビジネスとしてのサッカー」に向き合い「護送船団方式」で大きくなることを目指してきたMLSは、このように問題や課題も多数抱えている。だが一方で、MLSの独特の経営手法が、そうした弊害以上に巨大な利益を生み出してきたのは間違いない事実だ。
こうしたMLSのあり方は、各種のリスクやトラブルを抱えつつも、急速な成長でそれを帳消しにしてしまう米国のベンチャー企業にも重なる。実際に本書には、「MLSは設立20年のベンチャー企業、スタートアップ企業である」という言葉も登場した。
本書はスポーツビジネスの勉強のために読んでも面白い本だが、米国ベンチャー企業の成長の軌跡を綴ったノンフィクションのような面白さもある本なのだ。
文=古澤誠一郎