少女が読む物語と、彼女の現実が交差する――不思議な読後感が心地よい一冊! 『一千一ギガ物語』

文芸・カルチャー

公開日:2021/8/14

一千一ギガ物語
『一千一ギガ物語』(藤井青銅/猿江商會)

 昨今のIT教育では、生徒個々人にタブレット端末を貸与し、場合によってはそのまま校外持ち出しOKな光景も見受けられる。平成の頃、教室内でのみデスクトップPCに向き合っていたのに比べ、活用範囲も広がり自由に使える印象だ。小生自身が昭和末期に初めてPCに触れたときは……いや、懐古趣味が過ぎるのでやめておこう。ともあれ、現代の子供にタブレットは身近になり物語の鍵となる事も増えている。

『一千一ギガ物語』(藤井青銅/猿江商會)は、第一回星新一ショートショートコンテストの入賞者である藤井青銅氏による最新作である。いや、青銅氏といえば昨今では『オードリーのオールナイトニッポン』の名物構成作家としてなじみ深い人も少なくないだろう。ある世代にはライトノベルの源流ともいえる『死人にシナチク』シリーズが想起されるだろうか。小生にはアニメ業界の悲喜劇をスラップスティックに描き出した「愛と青春のサンバイマン」も思い出深い。

 物語は主人公の陽菜が学校から貸与されたタブレット画面に≪読書課題・入り口≫と書かれたアイコンを見つけることから始まる。昨今増えているオンライン授業用のタブレットだが、そもそもそんなアプリがあるとも聞かされていない。そこには≪毎日一話、一週間、ここに短い物語が配信されます。読んでください≫とのメッセージが書かれていた。読書は得意ではない陽菜だが、短いネット小説なら普段から読んでおり、これなら自分でも行けると思う。こうして一週間にわたる読書体験が始まった。

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 陽菜が読む物語はそれぞれ「ショートショート」になっており、読者はともに追体験していく。しかし先に述べた一週間では終わらず、しだいに陽菜自身の物語が組み込まれていくのが本書の妙味なのだ。

 最初の物語はジグソーパズルが鍵となる「ジグソーパズル」。物語の主人公である青年は奇妙な絵のパズルを手に入れたが、その絵が悪魔だったという筋書きだ。ショートショートでお馴染みの題材「悪魔との取引」なのだが、それだけに作者の腕が表れる。皮肉の利いた一編で物語の幕開けにふさわしい。そうして一週間7本のショートショートが配信され、陽菜はすべて読了。だが、その後にタブレットへ感想文などの指示がないのだ。友人に尋ねると誰もそのアイコンに気づいていないとわかり、更には怪しいサイトにアクセスしたのかと疑われる始末。陽菜は不可解な現象に不安を感じつつ学校から帰っている途中、見知らぬ青年から声を掛けられる。ジグソーパズルを売っている玩具屋を探しているらしい。その姿に既視感を覚えるも思い出せないままでいると、またタブレットに≪読書課題・入り口≫のアイコンが表示される。

  玩具屋を探す青年が「ジグソーパズル」の物語に出てくる青年であるのは、大半の読者が気づくだろう。このように一週間の課題をこなすたび、陽菜に不思議な出会いが訪れるのだ。中でも注目したいのが三週目に登場する博士。彼が陽菜にかける言葉が実に印象深い。それは物語の登場人物からの読者に対する想いだ。

 「タブレットだろうとスマホだろうと紙の本だろうとなんでもいい。人は物語を読むことではじめて、そこに出てくる登場人物を知るだろ?」
 「それは逆に我々登場人物側からすれば、人に読まれることではじめて、その人の世界に存在するわけじゃ」

 今までこんなこと考えたことがなかった。そもそも物語の登場人物は物語の中にしか存在しえないだけに、誰にも読まれなければその存在が知られることはない。即ち本を買っても積んで置いたままの所謂「積ん読」では、登場人物と読者の出会いは訪れないままなのだ。大人も子供も本書を読み終えた後は、さらなる出会いを求めて「積ん読」を解消してほしい。勿論、ダウンロードしたままの「電子書籍」も同じである。

文=犬山しんのすけ