市販薬の説明書、読まずに捨てていませんか? 正しいセルフメディケーションのため、ドラッグストアを「身近な健康相談所」に
公開日:2021/9/29
子どもの頃から勉強が苦手だった私は、試験対策というと参考書の解答のみを暗記していた。推理小説や漫画などは、ラストページから読むくらい自分の頭で考えるのが苦手だ。だから、『その病気、市販薬で治せます』(久里建人/新潮社)というタイトルの本書も、病院に行かずに街のドラッグストアで薬を買うための指南書ならば、医療関係の原稿を書くのに役立つだろうと飛びつき、しかし読んでみて書かれている内容の真剣さに背筋を正した。
著者は、市販薬の販売を専門としている薬剤師で、一般的にイメージされる病院が発行する処方箋をもとに薬を調剤するのとは違い、ドラッグストアで接客していると「薬の専門家と、一般消費者の間には、とてつもない情報の格差がある」と実感したそうだ。
添付文書を読む人の割合が少ない、という問題
店頭で薬を購入する人の中には、日用品と同じようにレシートを不要だからと置いていく人がいるかもしれないが、薬の“添付文書”までも「読まずにゴミ箱へ直行」するの人へは「ちょっと待ってください」と著者が注意を促している。それこそ添付文書を「物言わぬ専門家」とも述べ、そこには用法・用量をはじめとした安全に使うための大切な情報が書かれており、近年では各社とも絵や色を使って読みやすく工夫しているらしいのだが、イギリスなどの海外と比較すると、日本人は読まない人が多いそうだ。
薬には副作用がつきもの。そのため日本では、国が“医薬品副作用被害救済制度”を設けている。「入院が必要となるほどの重い副作用が生じた場合に、その医療費などを給付してくれる」というこの制度、残念ながら一般の人の認知率はPMDA(医薬品医療機器総合機構)が実施した2019年の調査では「知っている」が9.4%で、「聞いたことがある」の20.8%を合わせても、わずか30%ほどだったのだとか。そしてこの救済制度を受けるにはいくつかの条件があり、そのうちの一つは「薬を正しく使っていた」というものなのだ。過去、使用方法が適正とは認められず不支給となったケースもあったそうだから、そもそも添付文書を捨てているようでは正しく使っていた証明が難しくなるし、レシートを捨ててしまっては自身が買った証拠さえ残らない。
消費者のニーズに応えるのが商売、という問題
慶應義塾大学薬学部が2015年に発表した論文によると、市販の風邪薬を購入した消費者がもっとも重視した情報源は「箱のキャッチコピー等」が47%と多く、続いて価格、そして専門家が消費者に案内するさいに重要視する「含有成分」はたった7%だったそうだ。しかもこの調査で、調査対象を「薬剤師らに相談する」群と、「テレビCMを参考にする」群とに分けて、それぞれの風邪薬の知識・理解度を調べたところ、後者は誤った認識を持つ人が明らかに多かったという。
市販薬は処方薬より手に取りやすいが、専門家に相談しないという「ツケの取り立て」は、2020年に勃発した新型コロナウイルス禍において顕著になったことを著者が体験談として語っている。パンデミック(感染症の世界的流行)になぞらえた「インフォデミック」と呼ばれる不正確な情報の伝播により、特定の成分の消毒薬や解熱鎮痛剤を買い求める人が殺到する事態となった。
著者は“本来のセルフメディケーション”について、自力でなんとかするのとは「真逆のこと」と指摘し、「相談してくれれば色々な情報を提供できるのに……」と、もどかしく思っている店頭の薬剤師や医薬品登録販売者の心情を代弁している。しかし現実には、レジで薬を購入する人に詳しい症状や用途を尋ね、安全を図りつつ適応するかを確認しようとしても、「余計なお世話だ」と煙たがられることがあり、自分が選んだものを買いたいと求める消費者のニーズに応えるのが商売とすれば、一筋縄でいかない問題だ。
医師でもない患者が病気を診断する、という問題
ところで、病気の診断をするのは法律的にも職能的にも医師の専権事項なのに、どうして薬剤師である著者はこんなセンシティブなタイトルを付けたのだろうか。その理由は、本書の最初に記してある。新型コロナウイルスと東京オリンピックに関する報道を優先するあまりマスメディアは少しも報じていないが、2021年が市販薬業界にとって大きな転換点を迎えている年であることはご存じだろうか。それは「国による医療費抑制策の一つ」として、「病院でしか入手できない薬が、市販薬として街のドラッグストアで買える」ように厚生労働省が抜本的な見直しを進めているというもの。国民にとっても便利になるように思える施策ではあるが、著者は読者に「そのような時代を迎える準備はできているでしょうか」と問いかけている。つまり本書は、来る「市販薬の時代」を先取りし、患者自身が薬を選ばなければならない未来のために執筆されたのだ。しかし、筆者が某大手ドラッグストアの社員から聞いた話によれば、成分による効能ごとに分類して薬を配置したところ、目に見えて売上が落ちてしまうこともあったそうだ。消費者のニーズに応え、風邪薬や水虫薬といったジャンルに分類しておけば、医師でもない消費者自身が自由に病名を決め、店頭で接客する専門家たる薬剤師あるいは医薬品登録販売者に相談せずに薬を購入してしまう。本書のタイトルは、そんな現状へのアイロニーにもなっていると感じた。
文=清水銀嶺