18歳まで本を読まなかった編集者が、なぜ『10代のための読書地図』を作ったのか?

文芸・カルチャー

更新日:2021/8/20

『10代のための読書地図』(本の雑誌社)

 山のように本を読む、本好きのための雑誌『本の雑誌』(本の雑誌社)から『10代のための読書地図』が刊行された。本書はそれまでのブックガイドとは違い、書店員や作家、図書館職員など普段から本に関わる人たちが、10代の読者のために様々なテーマ、ケース、関心から本を薦めている。

 発行元の「本の雑誌社」は読書家向けのマニアックな特集が人気の雑誌を刊行しているだけに、読書に興味を持ちはじめた10代だけでなく、読書になじみのない人にも向けたブックガイドを作るのは珍しい。

 そんな本書を作るに至った経緯を担当編集者である同社の杉江由次氏に伺った。

(取材・文=すずきたけし)

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『本の雑誌』とは?

――『10代のための読書地図』のお話を伺う前に、まずは『本の雑誌』がどんな雑誌なのか聞かせてください。

杉江由次氏(以下、杉江):『本の雑誌』はその昔は10代や20代が熱狂的に支持した雑誌でした。内容を簡単にいうと本を紹介する雑誌で、今年で創刊45年を迎える月刊誌です。雑誌の特徴として、ただ単に本を紹介するのではなく、たとえば本屋さんのこととか、本の作りのこととか、出版社や編集部に取材もしますし、本の周りのことにも触れている雑誌であり、会社になります。

――「青木まりこ現象(※)」を初めに取り上げた雑誌ということで有名ですね。

杉江:そうです。「本屋にくるとなぜ便意をもよおすのか?」というが1985年に『本の雑誌』の読者欄に投稿されまして、もう30年以上も前のことなのに、いまでも弊社に来る取材で一番多いのは「青木まりこ現象」なんですよ(笑)。考えてみれば現象が投稿者の名前になっているので青木まりこさんはかわいそうですよね。

(※)青木まりこ現象:『本の雑誌』の読者欄にて1985年に投稿された体験談が発端。書店に足を運んだ際に突如トイレに行きたくなる現象に名付けられた呼称。以降、さまざまなメディアで取り上げられる。原因については諸説あり。

 あと最近の活動で知られているのは本屋大賞の運営の手伝いとバックアップをしている出版社だということですね。

10代へのブックガイドを作ろうと思ったきっかけ

――『本の雑誌』は本にまつわるマニアックな雑誌でありながら、読書の入り口となるような、それも10代に絞った『10代のための~』の企画をされたのが杉江さんということですが、10代向けのブックガイドを作りたいと思ったきっかけや考えを聞かせてください。

杉江:私にも10代の子どもが2人いるんですが、上の娘は勝手に本を読んでいたんですけど下の息子のほうは本を全然読まないんですよ。私としては絶対に本を読んでほしいという気持ちもないし、本を読めばいい子になるとか、勉強ができようになるとも思ってはいなくて、まあ読まないよりは読んでほしいなあというくらいの感じなんです。ただ、単に無駄な時間を過ごすのなら、せめて本を読んでくれたらいいかなというのがありまして、『本の雑誌』は山のように本を読むマニア向けに作っているので、息子のような10代に本の楽しさだけでも伝えられるものがあればいいなとずっと思っていたんです。

 ただ、一般にそういった本が求められているのかがよくわからなかったんですけど、ある書店で、子どもや若いお母さんたちから「朝の読書」に読む本をたくさん聞かれていると書店員さんから聞いて、やっぱり10代の本人たちやその親御さんに本を薦められるような、本の面白さを伝えられるような本があったらいいかなと思ったのが『10代のための~』を作ろうと思ったきっかけです。

――装丁は落ち着いたデザインで控えめな印象ですが、帯に目を向けると、「本を読め、とはいわない。ただ、本があるのをおぼえておいて欲しいんだ」という言葉がとても印象的です。10代に読書を押し付けるのではなく、本という素晴らしいものがあるということを知っておいてほしいというような、とても絶妙な言葉だと思いました。大人が本を薦めるとき、つい押しつけになってしまいがちですが、本書では執筆陣自身が素直な読書体験を思い出して多くの本を薦めています。この本を編むうえで「押しつけ」にならないように気をつけたりしたのでしょうか。

杉江:それは一番つよく思っていました。私自身が18歳までまったく本を読んでなかったんです。なぜ読まなかったかというと、学校の先生や5つ離れた兄が「これを読んでないとダメだ」というように押しつけるように本を薦めてきたんです。それがとにかく嫌で、それに反発するようにして本を読まなかった。けれど18歳の時に、親友から「オマエだったら村上龍がいいんじゃないか」と薦められたのが『愛と幻想のファシズム』(講談社)という本で、それで本にハマってしまって、気が付けばいまでは出版社で働いているわけですよ。

 そんな友だちが薦めてくれる本という視点は失わないようにして気をつけてこの本を作りました。

 自分の好きなことを語っているのは、見ていて一番楽しそうに見えて、その仲間になりたいと思うじゃないですか。『10代のための~』もそのスタンスだけはブレないように作ろうとしました。寄稿いただいた方々もそのスタンスには気をつけてくれて、「押しつけがましくないような推薦文を書くのは難しいよね」と言いながらも、近所の本好きのお兄さんお姉さんのように「これ面白いんだよ」と言っているように書いてくれました。

――たしかに新井久幸さん、池澤春菜さん、大森望さん3人のオススメ100冊の話は自分たちの好きな本を薦めあっていて楽しそうでした。

杉江:もちろんブックガイドなので読者が面白い本と出会ってほしいというのはありますが、本を薦めている大人たちを見て、「自分と変わらないものなんだな」と、大人も自分たちと同じような読書をしていると感じてくれればいいなと思っています。

こんなに真剣に書かれた原稿をいただく機会はめったにない

――多くの寄稿者のお薦めする本やその推薦文を見て改めて感じたことはありますか?

杉江:〈全国書店員が10代におすすめする本&10代のときに読んでおけばよかったと後悔した本〉では、書店員さんのお薦め本3冊を400字以内でお願いしたんですけど、400字くらいだとあまり多くのことを書けないはずなのに、ひとつひとつに気持ちがこもっているんですよ。書店員の皆さんが読者のことを考えて、本の良さをどう伝えたらいいのかと悩んで書かれた文を読んでいて、こんなに真剣に書かれた原稿をいただく機会はめったにないんじゃないかと思うくらい、感動しました。

――責任感みたいなものでしょうか。

杉江:そうですね。依頼したときに「責任重大ですね」みたいなことは結構言われました。書かれた皆さんは本を売るプロだし、本読みのプロだから、押しつけちゃいけないというのがわかっていて、強く推して「読書なんていいよ」とは思われたくない。その絶妙なさじ加減は本をたくさん読んでないとわからないですよね。

 本を薦める人みんなの、純粋に読者が本を好きになってほしいという気持ちがこもった、そんな一冊になっていると思います。

――今回は趣が違って、読書への入り口となる本を作られたわけですが、勝手の違いや難しさはありましたか。

杉江:まず、こんなに大きい文字でレイアウトを組んだの初めてなんです。ルビも入っていて。いままで基本的に初めから本が好きな人に向けてしか本を作ってなかったので、これから本を読もうという人に向けて本を作ることがウチの会社にもできたんだっていう(笑)。けれどもカバーをイラストにしたほうがいいのかなとか、写真のほうがいいのかなと悩みました。実際に自分が10代だったら買うだろうか、と考えましたが、結局それもオヤジ目線じゃないのか、とかいろいろ反省する部分はあります。いまでも手探りですね。

本の世界へようこそ

――本書は10代だけでなく、大人にとっても面白いブックガイドになっています。特に〈これが人気! 本屋さんに訊いてみた。――今どきの児童文庫売り場〉では、児童文庫のいまの人気作品には大人にとって驚きがありました。

杉江:大人は自分が10代のころに読んだ本が当然いまの10代にも受けると考えがちじゃないですか。実はたった10年でも変化がはっきり出るのが本屋さんの売り場なんですよ。私の娘は10年前に青い鳥文庫の「若おかみは小学生!」シリーズをたくさん読んでいて、本屋さんに行けば全巻平積み、みたいな感じだったんですよね。それが今回話を伺ってみたら全然違う本やシリーズが人気になっていた。超衝撃を受けました。

――いまでは2009年に創刊したつばさ文庫の「四つ子ぐらし」シリーズ(ひのひまり)が大人気になっているという。

杉江:そうなんですよ。本屋に行くと棚にたくさん並んでいて、それだけ本には新陳代謝があって、児童文庫には時代ごとのベストセラーがあると教えてもらいました。そういった本の周りについての情報もこの本では充実させました。

――本を薦めるだけでなく、杉江松恋さんの〈読書感想文の書き方〉についても面白かったです。

杉江:たとえば、他にも〈本の買い方・探し方〉や〈本屋さんや図書館で使いたくなる用語集〉などは、普段生活していたら誰も教えてくれないことなので『本の雑誌』としてはちゃんと載せておこうと思いました。

 本の買い方とか用語なんて私が18歳で本に出会ったときでもまったく知らなくて、それこそ文庫以外に単行本があることさえ知らなかった。村上龍の文庫が4、5作あって、椎名誠の文庫も4、5作しかなかったので、「ああ、もうこの人たち終わりだ」と思った(笑)。そのあとに東京の予備校に行ったときに本屋さんに寄ったら村上龍と椎名誠の単行本がいっぱいあって「欲しい本がまだこんなにあったんだ!」という衝撃。そんな本への「そうだったのか!」というのを伝えたくて、内田さんに書いてもらったんです。

――僕も18歳までほとんど活字を読んでないのに本屋でバイトを始めたんですが、その時の店長がミステリファンで綾辻行人の『十角館の殺人』とか島田荘司の『占星術殺人事件』を薦められたんです。当時は京極夏彦がデビューしたころで、店長から「『姑獲鳥の夏』はめちゃくちゃ面白いから読んでみて!」って薦められて読んだらすごく面白くて、2作目の『魍魎の匣』も読んで「面白ければどんなにぶ厚い本でも読めるんだ!」って感動した覚えがあります

杉江:そうそう!

――本は面白ければページ数は関係ないってそのとき初めて感動して。気付いたら書店員を20年以上やって、いまでも本の周りで仕事しています。やはり面白い本に出会うか出会わないか、読書の一発目は大きいなと思いますね。

杉江:だって村上龍の『愛と幻想のファシズム』なんて上下巻でたぶん1000ページ近くあると思いますけど、私も初めにあれを読んでいるんですよ。面白ければぶ厚くても読めるんだ。「本って面白いんだ!」って思いましたよ。そんな面白い本にたった一冊でも出会えれば、30年以上本を読む生活が続いちゃうわけじゃないですか。

――面白い本を読み終わったときに、「本は映画やアニメと同じ娯楽なんだ!」って初めて気付くんですよね。

杉江: その初めての面白い感動を次も求めようとして、どんどん読んでいっちゃう。そんな本に出会えるかどうかなんですよね。本を読んでいる我々からすると、そんな一冊に出会えるチャンネルだけでも増やしてあげたいなぁっていうのが強くありますよね。きっとどこかにその人にとってハマれる一冊があるはずなんですよ。どこかでバイト先の店長とか、親友とかから何気なく言われた一冊で「本て面白いじゃん!」という一冊に出会っちゃう。そしたらもうみんな本の虜ですよ(笑)。

――本の世界へようこそ。

杉江:本の世界へようこそ(笑)。まあ、本を読んだ人が人間的に成長するかといったらそんなことないんですけど。

――成長しないから本を読んでいる。

杉江:そう。本を読んでいる人で嫌な奴はいっぱいいるって『本の雑誌』の発行人の目黒(考二)さんも言ってたけど、でも本を読んでる2時間や3時間は悪いことをしないで過ごせる。それは大事なことなんじゃないかなと。そういう時間を過ごせる娯楽であるというのをおぼえておいてほしいなと思います。

――最後に10代が本書を手に取ることで期待することがありましたら教えてください。

杉江:この本をきっかけに、本のある場所に行ってほしいですね。そして本に出会ってほしい。嫌なことがあったら、本屋とか図書室、図書館に行ってほしい。大人になってもそうですし、嫌なことがあっても本のある場所に行くとリセットできちゃうので。

杉江由次

1971年埼玉県生まれ。書店アルバイト、医学書専門出版社を経て、1997年に本の雑誌社に入社。以来、ひとり営業マンとして活躍しつつ、編集の仕事も手掛ける。著書に「『本の雑誌』炎の営業日誌」(無明舎出版)、『サッカーデイズ』(小学館文庫)がある。

本の雑誌社

1976年4月に椎名誠、目黒考二らの手で創刊した「本の雑誌」は従来の書評誌、新聞・雑誌の書評ではほとんど取り上げられることのなかったエンターテインメント作品の書評を中心に、本や活字に関するありとあらゆる情報をオリジナルな切り口で提供することで、出版界に独自の地位を確立。当初の季刊から隔月、月刊へと刊行ペースも上げ、創刊40周年を迎えた2015年には「日本の出版文化における独自の存在感」が評価され、第63回菊池寛賞を受賞しました。
 本の雑誌社は「本の雑誌」のほか、「おすすめ文庫王国」と「本屋大賞」の年度版増刊号、別冊、本や活字、書店や古本関係の本に加え、エッセイ、ノンフィクション、写真集など多様なジャンルの書籍を刊行。第35回講談社ノンフィクション賞を受賞した高野秀行『謎の独立国家ソマリランド』をはじめ、数々の話題作を世に問うてきました。2012年には長く事務所をかまえてきた笹塚から神田神保町に移転。独自の地位を確固たるものにすべく本の街に拠点を築き、現在に至っています。(WEB本の雑誌より)