この怪異はフィクション? それとも…!?『火のないところに煙は』/佐藤日向の#砂糖図書館㉔
公開日:2021/8/21
私は本屋に立ち寄るのが大好きだ。
本屋にも個性があると思っているのだが、自分の好みと相性が合う本屋を見つけるのが1番楽しい。
店舗ごとに異なる本がピックアップされているが、その本を説明するポップで、私の中での本屋との相性は大体決まる。大好きな本屋の1つに、品川駅構内の本屋があるのだが、毎日品川に通ったこの夏の舞台公演期間中は、気づけばそこで沢山の本を手に取っていた。
今回紹介する芦沢央さんの『火のないところに煙は』という作品もその本屋で出逢った作品のひとつだ。
本作は、神楽坂一帯を舞台にした怪談について、作者が取材をする中で巡り合った事件を小説にすることで”怪談”の真の怖さを記している「フェイク・ドキュメンタリー怪談」だ。
評判の占い師、家自体に霊が取り憑き悪夢を見せる不思議な体験、承認欲求が強い見知らぬ女の子―――これらの事件は全て原因が異なっているように見えて、実は繋がっていた、というところが、本作の1番のホラー的要素だと思う。
得体の知れない何かとの縁を、作者自身が細い糸で少しずつ繋げていると思っていたのに、怪異のことを考え始めた時点で向こうからジワジワと距離を縮めてきていて、作者、そして読者が気づいた頃には怪異との縁が簡単には切れないものになってしまう。そんな感覚が、全6話を通してリアリティを演出していた。
この作品において、探偵役をこなす”榊桔平”というオカルトライターが全6話のキーパーソンなのだが、読了後に彼の名前を検索してから「そうか、これはフィクションなのか」と気づいたくらい、私自身はノンフィクションだと信じて疑わずに読み進めていた。
この書評を書いている今もなお、「背表紙に〈ミステリと実話怪談の奇跡融合〉と書いてあるということは、どこまでが実話だったのだろうか。いや、全部フィクションなのか?」と考えてしまっている私がいる。
というのも、新潮社さんのサイトに「榊桔平」という人物がオカルトライターとして掲載されていたり、新潮社さんの『波』(2018年7月号)には榊桔平の書評が掲載されているからだ。いかに「フェイク・ドキュメンタリー」として成立させるかが肝になる本作への熱量が、最後の最後まで抜かりなく感じられた。
作品テーマが「怪談」だからこそ、生身の人間とは違う得体の知れない何かと接触した時、手の施しようがない絶望や怖さが、文章でリアルに伝わってくる。それを存分に実感して頂くには、ぜひ物語だけでなく、榊さんの書評と千街晶之さんの解説も読んで欲しい。
解説やあとがきを普段あまり読まないという方もいるかもしれないが、この作品に関しては本の最後の1ページまで気になって読んでしまう事間違いなしの作品だ。暑い日々が続く8月の終わりに、指先から寒さを感じるのはいかがだろうか。
さとう・ひなた
12月23日、新潟県生まれ。2010年12月、アイドルユニット「さくら学院」のメンバーとして、メジャーデビュー。2014年3月に卒業後、声優としての活動をスタート。TVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』(鹿角理亞役)、『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』(星見純那役)のほか、映像、舞台でも活躍中。