元極道!? のおじいさんは、どうしてコンビニで働いているのか。一風変わった人情マンガ『島さん』の言葉に癒やされる!
更新日:2021/8/21
気持ちがささくれ立っているときに読むと心を落ち着かせてくれる、まるで安定剤のように作用するマンガというものがある。もしかしたらそれはファンタジー世界を舞台にした冒険活劇かもしれないし、青春時代の思い出を呼び起こすラブコメかもしれない。どんな作品が安定剤になるのかは、人それぞれだ。
もしも、そういった作品と巡り合ったことがないという人がいたら、オススメしたいものがある。それが『島さん』(川野ようぶんどう/双葉社)だ。初めて読んだとき、「なんてやさしい作品なんだろう」と思った。日常生活に起こりうる些細な問題を取り入れ、それを巧みに調理してみせる。その読後感は“癒し”に近いだろう。
本作の舞台は、どこかの町にある深夜のコンビニだ。そこで夜勤スタッフとして働く、島さんというおじいさんが主人公である。
島さんはベテランスタッフであるにも拘らず、正直、とても頼りない。様々な業務であふれるコンビニの仕事をなかなか覚えきれず、新人スタッフにも助けてもらうくらいだ。
けれど、なにかトラブルが発生したときに島さんは真価を発揮する。ヤンキー集団の来店や、万引きする少年が抱える問題、偏見に悩む外国人労働者、それらひとつひとつと向き合い、島さんはあっという間に解決してしまうのだ。もちろん、ときには凄まれたり、脅されたりもする。それでも島さんは顔色ひとつ変えず、決して動じない。ごく平凡に見えるおじいさんなのに、一体どうして……?
そのひみつはすぐに明かされる。なんと、島さんの背中には、一面に和彫りの入れ墨が入っているのである。そりゃ、トラブルなんて百戦錬磨というわけだ。
発売されたばかりの第2巻でも、島さんの活躍はたっぷり描かれている。
島さんの日常を掻き乱すキャラクターたちは、今回も多種多様だ。どうしても自信が持てない就活生、島さんを小馬鹿にする無気力な中年男性、万引きする少年たち……。しかし、島さんはどのトラブルも収めていく。
その中で、とてもグッとくるエピソードがあった。それはアルバイトをすぐにバックレてしまう青年のエピソードだ。彼は真面目に働くことが嫌いで、とにかく楽をして生きていきたいと考えている。コンビニバイトを選んだのも、楽だろうという安易な理由から。しかし、店長にちょっと注意されただけですぐにバックレてしまう。
そんな青年をどう改心させるのか。島さんは決して叱らないし、諭すようなこともしない。「たかがコンビニのバイトでしょ」という青年の言葉に対し、こう言うのだ。
まあ……コンビニってちょっとした買い物で
お客さんが店内にいる時間なんて短いけど……
お店に来た時より お店を出る時
その時 喜んでもらえたら嬉しいから
これは島さんの嘘偽りのない本心なのだろう。そして、本心をぶつけられたとき、人はなによりも心を動かされてしまうものだ。島さんの純粋で真っ直ぐな想いに触れた青年は、自発的に真面目に働くようになるのである。
注意深く読んでみると、すべてのエピソードで、島さんがやたら高尚なことや格好つけたことなんか言っていないことがわかる。むしろ真逆。島さんが口にするのは、いつだって飾り気のないありのままの言葉ばかりなのだ。それでも、沁みてしまう。それは、言葉の端々に、島さんの苦労や努力して生きてきたことが滲んでいるからだろう。だからこそ本作を読むと、心が落ち着く。イライラしているときも、不安なときも、落ち込んでいるときも、島さんの言葉に触れると胸の奥がじんわり温かくなっていくのだ。
第1巻でもそうだったように、第2巻の後半には島さんの幼少期のエピソードが収録されている。少しずつ明かされていく過去。一体、島さんはどんな人生を歩んできたのか。そのすべてが明らかになるのは楽しみでもあるし、ほんの少し怖くもある。いずれにせよ、今後も追いかけていきたい作品であることに変わりはないが。
文=五十嵐 大
提供=双葉社