エネルギーを「思考」に使うため、天才たちの日常は意外と平凡だった!?/本当に頭がいい人の思考習慣100③

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公開日:2021/9/1

齋藤孝著の書籍『本当に頭がいい人の思考習慣100』から厳選して全5回連載でお届けします。今回は第3回です。現在、インターネットで容易に情報を得られるようになり、AIの進歩で「考える」という行為の必然性も減るような状況にあります。一方で、自身の能力に対して投資する傾向にあり、「頭がよくなりたい」と考えている人も増えています。そこで、ここでは教養・学びを自ら得て「頭がよくなる」とはどういうことかを理解し、その状態に常に昇華できるクセをつけるための習慣の身につけ方をお教えします。

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本当に頭がいい人の思考習慣100
『本当に頭がいい人の思考習慣100』(齋藤孝/宝島社)

頭をよくするために実践すべきこととは何か

自分の行動に意味をもたせる

「あなたは今、何を意識してその作業をしているのか」と聞かれて、瞬時に答えられる人は「頭がいい人」です。ピアノの練習中にそう聞かれたとき、「このパートをスムーズに弾けるように左手の薬指を意識しています」とすぐに答えを返すことができる人は、常に課題をもちながら練習している人であり、頭の中も整理されている人です。

 スポーツにおいても、たとえばゴルフのスイングを練習している人が、何も考えずに1000回振っても、筋力はつきますが上達はしません。一方、「上半身は腕とクラブを同調させるように意識して振っている」人は、ひと振りひと振りに意味をもたせています。

 上達は練習の「質×量」で決まりますから、質がゼロなら答えも限りなくゼロに近くなりますし、後者のように意味をもたせた練習を1000回すれば、必ずショットは上達することでしょう。要は、自分のやるべきことを鮮明にしておくということです。

 長野冬季オリンピックで金メダルを獲得した元スピードスケート選手・清水宏保さんとお会いしたことがあるのですが、清水さんは小学生の頃から、腸腰筋という、お腹のインナーマッスルを強化する練習を徹底して行ったのだそうです。

 今ではスポーツ科学で大変に注目されている腸腰筋ですが、当時小学生だった少年がそこに焦点を当ててトレーニングをすることが、どれほどすごいか。課題を掲げて練習方法を組み立て、それを実践できる人こそが、頭がいいアスリートだといえるでしょう。

 自分で組み立てることが難しければ、組み立てられるコーチを雇うという方法もあります。自分1人ではできないけれど、できない現実を受け入れて、他者から助けてもらう。コーチを雇う経済的余裕がないのであれば、チームメートや先輩のアドバイスでもいいでしょう。要は誰とバディ(相棒)を組むのかです。

情報に優先順位をつける力

 価値観が多様化する時代に生きる私たちは、目の前に並ぶたくさんの事項に対して、優先順位をつける力を求められています。これができるのは、頭がいい人の特徴です。

 世の中はうまくいくことばかりではありません。仕事に就いて何か大きなミスをしたり、トラブルに巻き込まれたりしたときは、それを隠したり、そこから逃げたりせず、まずは早めに誰かに相談をするということ。それがその場面での優先順位一位です。

 自分より経験値の高い人からの知見を得ることで、危機から回避できる、あるいは損害を最小限で抑え込むことができる可能性が高まります。

 厳密な意味において、社会を1人で生きている人はいません。「チーム」という概念で選択肢に優先順位をつける力は、今の時代にとても必要とされていることだといえます。

頭がいい人は睡眠の大切さを正しく理解している

 世の中の変化のスピードがどんどん速くなっている中で、このスピード感への対応ということも、今の時代の大きな特徴といえます。

 とはいえ、表層的な時間という川の流れがいくら速くなろうとも、地下水のようなゆったりした自分の時間を確保することは、これからの時代にこそ必要といえます。

 分刻みでスケジュールを組んで仕事をしたり、家事に追われたりするのが「表流水」であるとしたら、読書の時間は「湧水」もしくは「地下水」と考えられます。この2つをもつことで知のバランスがとれるのです。『論語』という2500年ほど前の孔子の言葉をかみしめる時間は、誰にも強制されないゆったりした自分の時間です。こうした「知の湧き水」が、私たちの知を枯渇させない源泉となるのです。表面の現代社会に対応しつつも、もうひとつの時間をどうもてるか。それが今を生きる大きなヒントといえるでしょう。

 また、そうした時の流れの速さに押され、足を引っ張る最たるもののひとつが、睡眠不足です。「何を当たり前のことを」と思うかもしれませんが、睡眠は多くの人が考えているよりはるかに重要です。

 自分の生活リズムに合わせて十分な睡眠を確保できれば、頭がすっきりと冴え、身体も健康に保てます。健康を保てているから、頭もスムーズに回転するのです。

 仕事でもスポーツでも、豊かで実りのある時間を過ごしている人は、睡眠の大切さを理解している人です。睡眠の質でホルモンの分泌も変化し、それが身体のリズムに影響を及ぼすことを知っている人です。すべての人の平等に与えられている24時間をどう工夫し、寝る時間をどう確保するのか。その「知の環境づくり」が、今後の私たちの暮らしに大きく影響してくることは間違いないでしょう。

天才たちは習慣から創造性を生み出していた

天才のルーティンは意外に平凡

 偉人と呼ばれる人たちは、私たち凡人が成しえなかった大きな成果を世に残してきました。35歳の若さで世を去った「アマデウス(神に愛された)」ことモーツァルトのような、波瀾万丈の人生を送った天才もいる一方、その日常を見ると案外と平凡な暮らしを送った天才が多いのも事実です。

 哲学者のイマヌエル・カントの日常は、驚くほど規則正しかったことで知られています。生涯独身だったカントは、早朝に起きると紅茶を飲み、仕事は午前中に行い、午後に散歩に出る時間まできっちり決まっていました。

 食事は夕方に一日1度だけ。あまりに時間どおりなので、「カントを見ていれば時計がなくても時間がわかる」とまで言われたそうです。

 天才が日々こなしていた驚くほど平凡なルーティンワーク。しかし、そこからは「ルーティンの力」を学ぶことができます。

 無駄なく同じ生活を送るということ。それはすなわち、普段の生活に知のエネルギーを割く必要がないということです。考えるという行為を邪魔する外部のすべてをシャットアウトする。これにより、もっているエネルギーのほとんどを「思考」に使えるのです。

 もし、カントが今の時代に生き、呼び鈴が鳴って日に何度も宅配便が届いたり、SNSの返信に追われるような生活を強いられたりしたら、それは彼にとって耐えがたい苦痛であるに違いありません。

もっているエネルギーを「漏電」させない

 アスリートの中にも、プレー以外の余計なことを考えたくないという理由で、ルーティンワークを大切にしている人は多いようです。元メジャーリーガーのイチローさんが、現役時代のある時期まで、カレーばかり食べていたという話はあまりに有名です。

 その理由についてご本人は明言されていませんが、生活の中の不確定要素を減らすことも理由のひとつと考えられます。

 日々多くの情報に囲まれて生活している私たちは、ときには心の傘を差して、情報をうまくよけながら、静かな空間に身を置く必要があります。

 いわば、安心の家を心の中につくるということ。それが、求められている日常のルーティンワークであるということです。

 余計なことに目を向けないということは、すなわちエネルギーを漏電させないということです。起きている間ずっとスマホを握りしめ、絶えずSNSに応え続けるというのは、エンジンをアイドリングしてガソリンを少しずつ消耗しているようなものです。反対に、エネルギーを漏らさずしっかり溜めていけば、ここぞという場面で一気に使うことができます。

 思考のエネルギーは誰にでもある程度は備わっていますが、その使い方は人によって千差万別です。頭がいい人は無駄なく溜めたうえで、勝負どころで使うことができるのです。

 この「勝負のとき」という意味では、頭がいい人は「ゴールデンタイム」ともいうべき時間軸の概念をもっています。これはゾーンに入る時間といってもいいでしょう。

 もっている時間が3時間なら、たとえば1時間ゾーンに入って集中する。そのために2時間を「無駄」に見えることに使ってもいいのです。

 近代建築の三大巨匠の1人として知られるル・コルビュジエは、約40年という期間を建築家として生きましたが、そのルーティンも非常に興味深いものでした。

 なにしろ、午前中はすべて絵を描くことに時間を費やし、建築設計事務所に顔を出すのは午後からだったそうです。

 コルビュジエの中で、絵を描くことと建築設計は、芸術という枠の中で地続きにつながっていたのかもしれません。限られた時間の半分を建築以外に割いたとしても、それが結果的に設計への意識を搔き立ててくれていたのでしょう。

 クリエイティブな人ほど、一見無駄に見える時間を自分のために使っているものです。いわば、精神に何かが降りてくるのを待つ、そのために遊ぶ、ぼーっとする、散歩をする。他人の目にどう映るかは関係ありません。

心をONにするスイッチをもつ

 ルーティンにも通じることですが、「これをすれば自分はON状態になれる」という自分だけのスイッチを知っておくと便利です。

 フランスの文豪オノレ・ド・バルザックは、夕方にいったん寝てから真夜中に起き、コーヒーをがぶ飲みしてから執筆作業に取りかかったそうです。本人曰く、日に50杯ほども飲んだといいますから尋常ではありません。バルザックはコーヒーを自分の「援軍」として位置づけ、その助けを借りながら、徹夜の執筆作業という孤独な戦いを続けたともいわれています。

 コーヒーの飲みすぎが医学的にどうであるかはさておき、その明らかに普通とは異なる時間の使い方が、彼にとっては最もしっくりくるルーティンだったわけです。

<第4回に続く>