ダ・ヴィンチニュース編集部 ひとり1冊! 今月の推し本【8月編】

文芸・カルチャー

更新日:2021/8/23

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 ダ・ヴィンチニュース編集部メンバーが、“イマ”読んでほしい本を月にひとり1冊おすすめする企画「今月の推し本」。

 良本をみなさんと分かち合いたい! という、熱量の高いブックレビューをお届けします。

1960年代の東京の空気感が詰まった『ずばり東京』(開高健/光文社)

『ずばり東京』(開高 健/光文社)
『ずばり東京』(開高 健/光文社)

 良くも悪くも「東京」に注目が集まった今夏。ミスチル、くるり、銀杏BOYZ、きのこ帝国、MONO NO AWARE…「東京」をタイトルにした曲には名曲が多いなんて話もある。コロナ前には戻れないが、「東京」という街の求心力はすさまじく、素材にあふれ私たちを飽きさせることはない。実は結構な人が「東京タワー」が好きで、誰かにとっての大切な場所が点在するのも東京。芥川賞受賞作『裸の王様』や戦場ルポ『ベトナム戦記』が高く評価された今は亡き小説家、開高健の『ずばり東京』は、戦後の混乱が残存しながらも東京オリンピックに沸き立つ1960年代前半、急激に成長を遂げる東京を描いたルポルタージュだ。

 喫茶店のクリームソーダやアデリアレトロ、西武園ゆうえんちもそうだが、いま昭和レトロがあふれている。「昭和ノスタルジー」という言葉があるように、当時のカルチャーに惹かれ、活気ある東京の風景に思いを馳せる一方で、時代の暗部への好奇心も湧いてくる。そこで、衝動的に手にとったのが『ずばり東京』だった。開高氏が赴いた先は、上野動物園、本の競りが行われる「古書会館」、朝から晩まで働きずくめの若者が集まる独身寮、朝の新宿、首都高に蓋をされた日本橋……とさまざまだが、1964年の東京五輪についても生々しく記録されているのが印象的。

 東京の住宅の8割が平屋で“高級アパート”が流行り出したとか、まだ紙芝居屋や甘栗屋、靴磨き屋がいる時代。混沌とした“当時の空気感”をそのまま詰め込んだ本書には、『男はつらいよ』を観るようなタイムトリップ的な味わいもあるのだが、「知れば知るほどいよいよわからなくなった」と開高氏が記しているように、歪な東京があった。

中川

中川 寛子●副編集長。東京繋がりで幻となった東京のマラソンコースを描いたパノラマ絵本『トーキョードリームマラソン』も面白かった。新連載『ありがとう、昨日までの彼。 私が婚約者に裏切られるまで』がスタートしました。



急速に変化する今をどう生きていくか。そのヒントをくれる『大人は泣かないと思っていた』(寺地はるな/集英社)

『大人は泣かないと思っていた』(寺地はるな/集英社)
『大人は泣かないと思っていた』(寺地はるな/集英社)

 本書のタイトルを見たとき、「大人は絶対泣かないもの」と子どもの頃にかなり本気で思っていたことを思い出し、激しく共感した。なぜ泣かないと思っていたかの理由ははっきりしないが、単に大人が泣いている姿を見る機会がなかったからだろう。そんなことを思いながら気になって手を取った。九州のとある田舎で農協に勤務する32歳の青年が主役だが、章ごとに彼を取り巻く人々が語り手となる構成なので、登場人物全員が主人公といえる。小さな田舎という、狭く閉ざされた世界のなかで、昔からの「当たり前」という縛り、そこから脱するため、もしくはそこに置かれた状況に納得するために登場人物たちが迷いながら選択して行動する姿が描かれている。大きな事件は起こらず、ごくごく身近な出来事を描いた、派手さのない人間ドラマ。だが、そうであるがゆえに感情移入しやすく、私のように親の実家が田舎だったりすると、なおさら「ああ、長男とか嫁姑とか難しいよね、分かるわー」と思うはず。主人公の友人の父は田舎で権力を持った昔ながらの頑固オヤジだったが、息子たちに新しい男女観や家族観を突き付けられ、思わず涙してしまう場面がある。変わることが正しいわけではないが、もし「大人だから」「男だから」「女だから」「親だから」といういつの間にか持っていた「こうあるべき」に対して、少しでも疑問や苦しみがあるならば、そこから立ち上がる勇気をくれる小説だと思った。

坂西

坂西 宣輝●この夏、地上波とBS放送で『サマーウォーズ』を2回観て、どちらも終盤の花札の場面で泣いてしまいました。大人になるほど涙腺が緩むというのは本当ですね。


“じゃない”からこそ本格ミステリ愛が滲み出ているシリーズ。大好きです!『兇人邸の殺人』(今村昌弘/東京創元社)

『兇人邸の殺人』(今村昌弘/東京創元社)
『兇人邸の殺人』(今村昌弘/東京創元社)

『屍人荘の殺人』『魔眼の匣の殺人』に続く、剣崎比留子シリーズ第三弾。一作目から話題になり、映画化もされているのでダ・ヴィンチニュースをご覧の方であればどんな内容かはご存じかと思いますが、まだ読んだことがない人には全力でおすすめしたい作品。けれど、一作目のあの面白さをなるべく前情報無しに楽しんでほしいからこそ、あまり多くを語れないこのもどかしさ(笑)。

 大枠のストーリーは、神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と、美少女探偵・剣崎比留子が「斑目機関」という謎めいた組織の研究に関連した事件に巻き込まれ、謎解きしながらサバイブするというもの。巻き込まれる事件が一癖も二癖もあり、既存の本格ミステリの枠にハマらない推理を強いられることになるというのがこのシリーズ最大の魅力になっているのです。脈々と流れる本格ミステリの系譜をしっかりと汲みながら、“外す”今村昌弘さんの手腕とバランス感覚が絶妙で毎回読んでいて気持ちいい。ミステリ好きが読んで楽しめる内容になっていることはもちろんのこと、ミステリ初心者の読者にこそ読んでもらいたい(そして、本格ミステリの沼にハマるきっかけにしてほしい)一冊なのです。

 本作はというと、うらぶれた地方のテーマパークにそびえる異様な建物「兇人邸(きょうじんてい)」に閉じ込められたある「異形」が○○を引き起こし、××なことになります(書けない……)。とにかく大好きです。

今川

今川 和広●ダ・ヴィンチニュース、雑誌ダ・ヴィンチの広告営業。僕も運営に関わっている「次にくるマンガ大賞」がいよいよ8月24日(火)に結果発表。大賞は果たしてどの作品に!? ダ・ヴィンチニュース特設の応援サイトもぜひチェックを!