水中考古学者になってやる!! 英語力ゼロの青年が単身渡米して見た世界とは

文芸・カルチャー

公開日:2021/8/28

沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う
『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』(山舩晃太郎/新潮社)

 考古学者にして冒険家である主人公が活躍する映画『インディ・ジョーンズ』は、大好きな作品の一つだ。学者の顔を持ちながら、世界中を駆け巡って宝物を発見するトレジャーハンターという設定にはワクワクせずにいられない。それは私が平凡な日常の生活の中にあって、非日常への憧れを抱きながらも、日常の安寧を捨てられないからでもあるだろう。ところが世の中には、そんな非日常とも云える仕事を日常にしている人もいる。『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』(山舩晃太郎/新潮社)は、英語力ゼロの著者が単身渡米して、憧れの水中考古学者になるまでの道程と、実際に古代船や戦争遺跡を発掘した冒険譚であり、実は“勧誘”の書でもある。

プロ野球選手になる夢をあきらめ、水中考古学者を目指す!

 小学3年生の頃に両親から少年野球チームに入れられた著者は、「将来はプロ野球選手になれる」と信じ、スポーツ推薦で法政大学第一高等学校に入学。ところが2年生の春に右肘を怪我してしまい手術を受け、再び球を投げられるようになったのは3年生に上がってからだった。夏の予選のベンチに入ることすら叶わぬまま、大学野球の名門でもある法政大学へと進学し野球は続けたものの、そのレベルの高さを前に自身の夢が「夢」で終わることを自覚せざるを得なかったという。

 ところが、歴史関連の本が好きだった著者は文学部史学科を選択しており、卒業論文のテーマを決めるために訪れた大学の図書館で運命の一冊と出逢う。『海底の1万2000年―水中考古学物語』(心交社)を読んで衝撃を受け、水中考古学関連の学術書を取り寄せ、ついには「アメリカで水中考古学を学んでみたい!」と決意するに至ったのだ。

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読解力が1点でも、アメリカ留学できる?

 著者がアメリカを目指した理由は、水中遺跡や発掘の様子を伝える写真に、必ずといっていいほど「テキサスA&M大学」のクレジットが入っていることに気がついたから。世界中で発掘する精鋭集団に感心した著者はさらに、『水中考古学への招待 水中からのメッセージ』(成山堂書店)という本に出逢った。その本を執筆した井上たかひこ氏が、40歳を過ぎてから脱サラしてテキサスA&M大学に留学し、大学院で修士号を修めたと知り、「全くの夢物語ではない」と思ったそうだ。ただし、著者は中学・高校時代の英語の試験で20点以上を取ったことが無く、実際に米国に渡ってみると到着初日にマクドナルドで注文することすらできず心が折れてしまったのだとか。留学生活が半年も過ぎる頃には少しは英会話ができるようになったと思ったものの、留学生向けの英語試験を受けてみたら、読解力は30点満点のうち1点という散々な結果に……。

学会で発表した論文が高評価!!

 そこから猛烈に勉強をした甲斐あって、著者は船舶考古学プログラムの修士課程の大学院に入学し、現場での作業にも携わるようになる。そして「作業中にいつも感じていた個人的な不満を解消するために」と考えていたことをまとめ、学会で「水中沈没船遺跡の発掘研究の方法論」として発表したところ、参加者から好評を得たという。

 実のところ、本書に記されている発掘のリアルは著者自身が述べているように地味だ。いや、面白くないという意味ではない。たとえば、沈没船は大海原よりも浅瀬で座礁しやすいため港の近くで発見されることが多いとか、「100年以上前に沈没し」「水中文化遺産となる沈没船」は世界中に300万隻と見られているという話には驚いた。発掘調査で優先すべき目標は、船体の背骨として最初に組み立てられるキール(竜骨)と呼ばれる船底部であり、その部分がなかなか見つからなくて原因を推理していく様子はスリリングだった。ただ、それと同じくらい周辺のリアルな話も面白すぎるのだ。

発掘調査の問題は、男女関係とトレジャーハンター

 著者の経験によれば、発掘調査で一番大変なのは男女関係だそうだ。なにしろ調査期間中は共同生活を送るものだから、カップルが誕生したかと思えば浮気が発覚し、混沌とした事態となる。これを「エクスカベーション・シンドローム(発掘症候群)」と呼ぶらしく、一人になれる空間が存在しないストレスにも悩まされるという。その点、著者は野球時代の合宿などのおかげか、他の人よりは苦にならなかった模様。

 また、私が心惹かれたトレジャーハンターについては、端的に「遺跡の破壊者である」と著者は述べている。その目的は研究でも保護でもないから、沈没船本体を破壊して金目の物を持ち去ってしまう。さらに、水中考古学者という肩書を隠れ蓑にして言葉巧みに人々に近づき、発掘調査といつわり歴史の謎を解くのを阻んでいる存在だそうだ。リアルとフィクションは、区別しなければなるまい。

 子供の頃に抱いた夢を叶えられる人は、ほんの一握り。ただ、一つの夢をあきらめたからといって、人生そのものまでもあきらめてはいけない。そう、本書には創られたロマンでもスリルでもなく、エキサイティングなリアルがあった。

文=清水銀嶺