グロテスクなホラーの皮を被った本格派の謎解き。ミステリー界の鬼っ子による「食」にまつわる5篇を味読あれ!
公開日:2021/9/20
(※本記事には不快感を伴う表現が含まれます。ご了承の上、お読みください)
白井智之氏は、ミステリー界の重鎮である綾辻行人氏をして「鬼畜系特殊設定パズラー」と言わしめた作家。『人間の顔は食べづらい』『死体の汁を啜れ』『お前の彼女は二階で茹で死に』など、不穏で物騒な雰囲気が漂うミステリー作品を書き続けてきた。
そんな白井氏の『ミステリー・オーバードーズ』(光文社)は「食」をテーマにした5篇から成る本で、過去作に比べても遥かに過激で凄惨、かつ荒唐無稽だ。生理的に受け付けない読者もいるだろう。グロテスクな描写が苦手な人はこの本を、いや、この書評も読まないほうがいいかもしれない。最初にそう断わっておこう。
だが、怖いもの見たさで読み進めるうちに、これまで気づかなかった快楽のツボを刺激され、見たことのない場面に出くわすことは大いにあり得る。筆者はここまでグロいとむしろ清々しいとすら思ってしまったし、捉え方は千差万別だと思う。とりあえず、2つの短編を紹介しよう。
「ちびまんとジャンボ」は、早食い大会でフードファイターが、とある昆虫を大量にたいらげる。この時点で既に刺激が強いのだが、誰かが昆虫の中に毒を盛って選手を死亡させたことで大会は事件へと発展。疑惑をかけられる者が二転三転し、ラストを何度か読み返してやっと腑に落ちる。それほど高度で複雑なトリックが仕掛けられている、ということだ。
「隣の部屋の女」では、主人公が近所の住人に目を付けられ、陰惨な事件へと発展する。しかも、犯人は死体を細かに切り刻んで解体し……と、その先も記したいのだが、ネタバレはこの辺にしておこう。死体を切断するグロ描写は、桐野夏生の『OUT』が嚆矢だと思うが、ここまで丹念に、ねちこく露わにした小説は珍しいのではないだろうか。
かようにクレイジーな設定が光る本書だが、どのエピソードもミステリーとしてはオーソドックスで基本に忠実である。おそらく、練りこまれたプロットがあったのだろう。犯人当ての推理の明晰さは、著者の小説の中でも出色の出来。個々のエピソードは過激でも、推理のロジックが緻密かつ巧緻であり、ラストでの推理展開には溜飲が下がる。要するに本書は、ホラーの皮を被った本格派ミステリーなのだ。ありそうで意外となかった本ではないだろうか。
本書はいわゆる「イヤミス」がそうであるように、読了後の後味は悪いことこの上ない。だが、それがクセになるのも確かだ。淡泊で嫌味のない小説を読んできた読者にとっては見たことのなかっただろう世界が、本書には待ち受けている。ここはひとつ、新たな刺激を求めるつもりで、思い切ってその世界に飛び込んでみてはいかがだろうか。
文=土佐有明