「三月のパンタシア」みあ、初の長編小説! みずみずしい青春群像劇に込めた変わらない想い
公開日:2021/8/25
7月19日に刊行された青春小説『さよならの空はあの青い花の輝きとよく似ていた』は、九州の港町を舞台に、高校3年生の主人公たちが織りなす青春の風景とそこで鳴らされる音楽を瑞々しく描いた青春群像劇だ。この小説を書いたのは、音楽ユニット「三月のパンタシア」のボーカリスト、みあ。三月のパンタシアはみあの書いた短編小説をもとに楽曲を制作し発表するという独自のスタイルで活動するユニットだが、そのみあが「音楽の原作」という枠をはみ出して初の長編小説にチャレンジしたのはなぜだったのか? そして長編だからこそ描き込まれた心情や情景から浮かび上がる、表現者・みあの本質とは? 小説の「主題歌」としてリリースされた新曲「夜光」と合わせて、じっくりお話を伺った。
登場人物が物語の中で生きている感覚を指先で感じられて、それは初めての感覚だった
――初の長編小説を7月19日に刊行されました。すでに読者の方からのいろんな感想も届いていると思うのですが、それらを目にしてどう感じていますか?
みあ:刊行記念のお渡し会をやらせていただいたんです。そこに、高校生の女の子や男の子も多く足を運んでくださっていて。今回の小説はまさに高校3年生の主人公とその周囲の少年少女たちのお話で……見えない未来に対する不安や葛藤を抱えながら、でも自分の進路を自分自身で選択しなくちゃいけない季節の中にいる子たちの、悩んだり葛藤したり、時には傷つくことがありながら、それでも一歩踏み出してみるっていう姿の美しさみたいなものを書けたらいいなと思っていたんですけど、それを受け取ってくれて、自分も将来で悩んでるけど背中を押してもらった気分になれました、という感想をもらえたのが、すごく嬉しかったです。
――受け取る側の向き合い方も、音楽と小説とではその濃度というか、感じ方は変わってきますしね。
みあ:そうですね、歌詞とは書き込める分量も全然違いますし。三月のパンタシアは小説を軸に楽曲制作をしているんですけど、歌詞の中では書ききれなかった部分、葛藤だったり、やるせなさだったりを、小説の中に全て焼き付けることができたんじゃないかなと思います。1行1行丁寧に読み解いてもらえて、「ああ、ちゃんと手元に届いてるんだな、読んでもらえてるんだな」って実感しています。
――今おっしゃったように、三月のパンタシアは、みあさんが書いた小説物語を元に楽曲制作を行う形で活動を続けてきているユニットですよね。そもそも小説という形で楽曲の元の形を作るというスタイルになったきっかけは何だったんですか?
みあ:2018年の夏あたりだったと思うんですけど、リリースの予定がない中で、新曲を作ってYouTube上で発表したり、何か夏らしいことをしようって、チームのスタッフと話していたんです。その中で、ただ楽曲を作るだけじゃなくて、物語と連動させてひとつの夏企画として発表する、三パシの自主企画みたいな形にすると面白いんじゃないか、ということになって。三月のパンタシアは初期からイラストにしても歌詞にしても物語性を大切にしていたので、きっと小説との相性はいいんじゃないか、というところで、小説と連動させた企画を作ることが最初に決まったんです。それで、「じゃあどういう小説にしたいのか、みあさん考えてきてください」って言ってもらって。それに対して、きっと簡単なプロットとか登場人物のキャラクターを期待されていたと思うんですけど、私が思いがけずかなりがっつり書き込んだ、ほぼ小説になっているものを持っていったんです。
――なるほど(笑)。
みあ:もうこういう話を書きたい、こういう展開でここが一番私にとってエモーショナルな部分で、こういう夏のエモさを物語として伝えたいと、文章とともにプレゼンをして(笑)。それで、「そこまで考えてるならもう自分で書きなさい」って言ってもらったのがきっかけです。それで初めて夏の小説を書いてWeb上で公開して、それに連動する「青春なんていらないわ」っていう楽曲を発表したときに、それがリスナーにもすごく広く受け取ってもらえて、小説と音楽を行ったり来たりする体験がすごく面白かったっていう反応をたくさんもらったので、「これは三月のパンタシアの強みにできるかもしれない」と思いました。
――もともと物語を考えたり、登場人物を考えてそれを動かすことは好きだったり得意だったりしたんですか?
みあ:でも、思い返してみると、書き出したりまではしなかったものの、たとえば小説だったり映画だったり漫画だったり、完結した物語の続きを頭の中でずっと考えたりするのは好きでした。あと、人間を見るのが昔から好きで。電車に乗っていても「あのカップルはどんな関係性のふたりなのかな」とか、勝手に想像したりするのが好きだったのはありますね。
――今までもいろいろなお話を書いて、それが曲になってきたわけですけど、今回の『さよならの空はあの青い花の輝きとよく似ていた』は長編じゃないですか。今まで書いてきたものとは違うボリュームを持った作品になっているんですが、長い物語を書こうと思ったのは?
みあ:3年前からちょっとずつ自分で書いていく中で、物語を紡ぐことの楽しさがどんどん自分の中で膨らんできたんです。これまでも、たとえば三月のパンタシアのCDの特典として、小説を冊子にしてつけたりしていたんですけど、その中でいつか、自分の小説が独立した作品として手に取ってもらえる日が来たらいいなと思っていて。だから、これまではわりと読みやすいコンパクトさを意識して書いてきたところはあったんですけど、そういうのを考えずに、自由にどこまでも書いてみたい気持ちがずっと心の中にあったんです。長編小説としてひとりの女の子の人生を書き取ってみたいっていう。でも音楽の制作もあったりして、頭の中にはなんとなく書きたいものが散らばってるけどそれを文章に起こすことができていなかった。でも、去年コロナ禍になって、おうち時間が増える中で、いろんなライブとかイベントが軒並み中止や延期になって。アーティストにもお客さんにもちょっとどんよりした空気が流れてしまっていたときに、何か前向きなものを届けられたらいいなって考えて。私は物語が書けるからそれによって届けられるものがあるんじゃないかと思って、今回の小説のプロット作りを始めたんです。
――これだけの長さのものを書き上げるには、相当な時間がかかったんじゃないですか?
みあ:プロットを考え始めたのがちょうど去年の夏くらいだったので、そこから三月のパンタシアの制作と並行しながらちょっとずつ、約10ヶ月かけて書きました。この小説は、潮野町っていう架空の町が舞台になっているんですけど、モデルが長崎の西海市っていう実際の場所なんです。私が九州出身なので、地元に近い場所で、島ほど閉鎖的じゃないけど、都会とは違う海辺の田舎町みたいなところを舞台にしたいなって思っていたんですけど、去年の9月くらいに実際に長崎に行って、海辺の街を歩いてみたり、街の様子を歩きながら感じてみたりして。そこから本格的に書き始めていきました。なのでセリフも全部、九州の方言になっているんです。10ヶ月近く物語の中にいたので、一時自分も方言が抜けなくなっちゃうくらい、物語に没入して書いていましたね。登場するキャラクターたちにもすごく親しみを覚えるくらい、思い入れの強い作品になったと思います。
――その感情移入の仕方は、これまで作ってきた物語とは違いましたか?
みあ:はい。期間が一番大きいのかなと思うんですけど、どうしても書いてると――私は私小説は一度も書いたことがないと思ってるんですけど、主人公はやっぱり自分の経験がベースになってるなと感じるので。書いてるうちにどんどん主人公に感情移入していっちゃうのは同じなんですけど、今回は書き続けている中でプロットの中ではこうなるはずと思ってたところが「いや、この子はこうじゃないだろう」みたいなことだったり、当初自分が設定したものとは違う選択をキャラクターがしていくシーンもいくつかあったりして、その瞬間が面白くもありました。いろんな道を選択しながら、登場人物が物語の中で生きている感覚を指先で感じられて、それは初めての感覚だったかもしれません。
物語を紡いでいきたい気持ちはあるので、書き続けていく道は、ずっと進んでいきたい
――今作は「音楽」というのが大きなテーマになっています。それこそみあさん自身にも非常に近しいテーマだと思いますが、これを選んだのはなぜだったんですか?
みあ:いつかは書きたいっていう想いが自分の中にあったんです。音楽、しかもボーカルとして音楽の道を夢見ている女の子の姿っていう。自分が三月のパンタシアの活動を始めたときも、最初は本当にわからないことだらけで、歌を歌おうにも、それまではカラオケとかで気持ちよく歌えてたのに、いざレコーディングとかブースに入ったりするとすごく緊張しちゃって声が全然出なくなっちゃったり、ライブを想定してスタッフの皆さんの前で歌おうとすると、一気にピッチが取れなくなったりすることがあって。悔しい思いもたくさんしてきたので、その気持ちを物語にしてみたいと、ずっと考えていました。
――うん。今の話を聞くと「それって主人公の心音じゃん!」ってすごく思うんですけど(笑)、そういう意味では先ほど「私小説は書いていない」とおっしゃっていましたけど、みあさん自身が投影されている部分もあるんですよね。
みあ:そうですね。完全に自分、ではないんですけど、今作に関しては特に自分の当時の感情とか、高校時代に友達に救われた記憶が、色濃く投影されていると思います。
――だからこそ、だと思うんですが、今作にはこれまでみあさんが歌詞や小説で書いてきた三月のパンタシアの根っこにあるテーマが、すごくダイレクトに表現されているように思います。
みあ:はい。青春時代の「言いたくても素直に言えない切なさ」とその葛藤を軸に書いているつもりです。学生時代、思春期のあの時代って、自分の中にはこうしたいああしたいっていう自我がものすごく膨らんでるのに、それを口にしたらかっこ悪いかなって思って言えなかったり、変にかっこつけちゃったり、誰かや何かと真剣に向き合うことってどうしても怖いから、すごく臆病になってしまったりすることがあると思うんです。その素直になれない気持ち、言葉にしようとしても全然違うことを言ってしまう天邪鬼さを自分も抱えていて。自分もそうだからわかる、上手く言えない気持ちが共感してもらえるんじゃないかと思って、それをテーマに楽曲も小説も作品のテーマとして書き続けていますね。
――今作の心音は本当にそのテーマの象徴みたいなキャラクターですよね。その心音はバンドで歌を歌うことによって気持ちが変化していきますが、みあさんの場合もこうやって歌や言葉で表現をするようになって、何か変わりましたか?
みあ:自信がつきました。自分が発した言葉や文章や物語に対して「みあさんの言葉に救われました」「毎日の励みになってます」って言ってもらうことで、ちょっと大げさかもしれないですけど、自分の存在価値みたいなものを見いだしてもらえた気がしていて。そうやって受け取ってくれる人がいることで、自分は書いていいんだ、自分のことを発信していいんだって、私自身も背中を押してもらっているというか。受け手の声にはものすごく救われながら書いているなって思います。
――今の話を聞いても、やっぱり心音というキャラクターにはみあさんが表現をしてくる中で感じた実感が重ねられていますよね。
みあ:そうですね。心音も言わないだけで、本当は昔から歌う人になりたいという夢を心の隅に隠してきた子で。それを周りの声もあって信じていいんじゃないかっていう気持ちになっていったんですよね。私と同じように、周りが背中を押してくれたりすることでチャレンジしてみようっていう気持ちが前に押し出されていった、というか。今、お話するまで無自覚だったんですけど、自分がそうだったから、その変化を描こうとしたのかもしれないです。
――だからこの小説を読んでから三月のパンタシアの音楽を聴くと、それまでとはまた違う気持ちが湧き上がってきますよね。みあさんが今歌っている意味がよりリアルに感じられるというか。音楽でいうと、今作の「主題歌」としてストレイテナーのホリエアツシさん作曲の「夜光」というニューシングルもリリースされました。
みあ:はい。小説のクライマックスである夏祭りで、バンドがかき鳴らす楽曲です。めちゃくちゃエモーショナルな気持ちで物語世界に没入してもらえる、素敵な楽曲になったなと思います。小説は高校生バンドがテーマになっているので、バンドサウンドが映えるような楽曲にしたいって考えていたんです。誰に書いていただくかはまったく考えていなかったんですけど、去年、J-WAVEのラジオ番組に私が小説を書き下ろしてそれを朗読させてもらう企画をやらせてもらったときに、その小説の中にストレイテナーの楽曲を登場させたことがきっかけになって、ホリエさんとお会いする機会があって。その時に「今、実は小説を書いていて、長崎をモデルにした小説なんですけど」と話をさせていただいたら、ホリエさんも実は長崎出身で、小説がもとになって曲が出来ていくスタイルにもすごく興味を持ってくださって。そのときに「はっ」て思ったんです(笑)。
――「これはチャンスだ!」と(笑)。
みあ:そう、この小説の楽曲をホリエさんに書いてもらえたら、めちゃくちゃエモい曲になるんじゃないかと思って。それで「ご一緒できたら嬉しいです」って話をさせてもらったら、「ぜひ一緒に曲作りましょう」って言ってくださって。そこから小説を読んでいただいて、デモを作って……4月くらいにこのお話をして制作が始まったんですけど、7月にリリースすることができました。
――ホリエさんと一緒にやることになったきっかけも小説だし、ホリエさん自身も偶然長崎のご出身だし……何か運命的なものを感じますね。
みあ:はい、すごく嬉しかったです。「三月のパンタシアの代表曲になれるような曲にしよう」って言ってくださって。ありがたい出会いだったなと思います。
――書いてきたからこそ生まれた出会いっていう意味でもすごく大きかったでしょうね。最後に、書き手としてのこれからについては、どういうイメージを持っていますか。
みあ:そうですね……やっぱり書くことは精神的にも体力的にも大変だったなって、思い返すと感じたりもするんですけど、やっぱり物語を紡いでいきたい気持ちはあるので、書き続けていく道は、ずっと進んでいきたいなと思いますね。この話を以前からかわいがっていただいてる小説家の大先輩にしたら、「すごくめでたいことでもあるけど、地獄の道を進んだなと思う」って言われたんですけど(笑)。それでも、書き続けていきたいと思ってます。
取材・文=小川智宏